北京五輪 アスリートと共に戦う「家族たちの想い」

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、北京五輪で活躍した日本人選手を陰で支えた、選手の家族にまつわるエピソードを紹介する。

北京五輪 アスリートと共に戦う「家族たちの想い」

女子ハーフパイプ決勝3回目を終えて笑顔の冨田せな(右)とるき=張家口(共同) 写真提供:共同通信社

冬のオリンピックでは、日本勢過去最多メダルという好結果で幕を閉じた北京五輪。4年に一度、まさに人生をかけて大舞台に挑むアスリートが奮闘する姿には毎回胸を打たれます。そしてその陰にある「家族」の支えも見逃せません。

スピードスケート男子500メートルで、男子ではバンクーバー大会以来3大会ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得した森重航。彼は8人兄弟の末っ子で、実家は北海道別海町の酪農家です。

森重は幼少期からスケートにのめり込み、両親は片道20キロ離れた町営のリンクまで毎日送迎してくれました。ただしここは天然のリンクなので、氷が張らない時期は、釧路市のリンクまで往復3時間かけ送迎したそうです。

森重はその後、親元を離れて山形中央高に進学します。酪農で手が離せない父親の誠さんに代わって、大会のたびに応援に駆け付けたのは母親の俊恵さんでした。末っ子だけに、可愛さもまたひとしおだったのでしょう。ところが、その俊恵さんは2019年にガンで他界します。57歳の若さでした。

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『息子の試合を見ることが何より楽しみだった。全国高校総体も3年連続で観戦していた。「航の誕生日まで生きるんだ」と、がんと闘った。7月17日。19歳の誕生日の夜に電話が鳴った。「スケート頑張れ」。その4日後の出来事だった。最後に交わした会話が、森重の覚悟を変えた。「スケートに懸ける思いがそこで大きくなった」。』

~『スポーツ報知』2022年2月13日配信記事 より

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昨季までまったく無名だった森重は、昨年(2021年)10月の全日本距離別選手権で初優勝し、ワールドカップも初参戦で初優勝と、今季になってから頭角を現し、北京五輪代表の座もつかみました。

オリンピック出場にあたっても、森重の心にはいつも俊恵さんがいたのです。

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『森重は選手村の部屋を出る前、俊恵さんの写真を見て「行ってきます」と伝えた。試合会場ではレースに集中し、銅メダルを獲得した。「(俊恵さんが)喜んでいると思う。帰ったらしっかりと報告したい」と話した』

~『東京中日スポーツ』2022年2月12日配信記事 より

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同じく、スケートのショートトラック競技にそろって出場した菊池悠希・純礼姉妹。菊池家は5人姉妹で、うち4人がスケート選手となり、次女の彩花さんは前回・平昌五輪のスピードスケート・女子団体追い抜きで金メダリストに輝きました(現在は引退)。

5人姉妹で唯一、長女の菊池真里亜さんだけが美容師になり、妹4人を陰で支えています。実は真里亜さんも中学まではスケート選手。そもそも妹たちは「お姉ちゃんの記録を破る」ことをモチベーションに、スケートにのめり込んで行ったのです。

その真里亜さんに先日、番組の取材で筆者は直接お話を伺う機会がありました。妹たちはときどき、真里亜さんが店長を務める銀座の美容室へ訪ねて来ます。妹たちの髪をセットしながら、悩みを聞いてあげたり、アドバイスをすることもお姉ちゃんの大事な役目。姉として、元スケート選手として、そして美容師として、妹たちの競技人生を支えているのです。

真里亜さんによると、髪をセットするのも、競技と大きく関係があるそうです。

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「アスリートは化粧ができないんです。だから試合前、『きょうの自分はイケてる!』と気持ちにスイッチを入れる意味でも、髪型がビシッと決まっているのって、実は大事なことなんですよ」

(ニッポン放送『八木亜希子 LOVE&MELODY』 菊池真里亜さんインタビューより)

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真里亜さんはかつて、妹たちの活躍ぶりを見て「自分は何をやっているんだろう? やっぱり、スケートをやめなければよかったかな……」と後悔することも正直あったと言います。それでも、競技に全力を注ぐ妹たちの姿を見て、自分もいまの仕事に精一杯打ち込もうと決意。美容師として店長を任されているいまは、スケートを辞めたことへの後悔も一切感じなくなったそうです。

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「妹たちがオリンピックに行って、ようやく吹っ切れました。いまの私の夢は、美容師の仕事を頑張って、アスリートの妹たちを輝かせることです」

(ニッポン放送『八木亜希子 LOVE&MELODY』 菊池真里亜さんインタビューより)

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そんな姉の後押しも受け、平昌大会に続いて五輪出場を果たした悠希・純礼姉妹。末っ子の純礼は今大会、ショートトラック女子1500メートルで8位に入賞。この種目で日本人選手の入賞は16年ぶりの快挙でした。

菊池家のように、一家で同じ競技に取り組むケースは多く、特に自分も現役のアスリートの場合、五輪に出ている家族の気持ちは痛いほどわかるはず。また大きな刺激にもなります。

スノーボード・男子ハーフパイプに出場し、金メダルに輝いた平野歩夢と、4つ年下の弟・海祝兄弟。2人の兄・英樹さんもまた、スノーボードの現役選手です。英樹さんは自身のインスタグラムで、弟2人にこんなメッセージを送りました。

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『歩夢金メダルおめでとう 海祝もめちゃカマしてた 二人共かけがえのない経験を積んで更にここからまた強くなるって考えたら僕としてはとても焦って大迷惑です笑 でもこんなに凹まされたり背中押してくれたりpushされる兄弟も他にいないと思うので僕の大事な宝物です。本当ありがとう! とりあえず帰ってきたらゆっくり話そう』

~平野英樹 公式Instagram(2022年2月13日投稿コメント)より

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兄弟だからこそ書ける、家族愛にあふれたコメントでした。

スノーボード女子ハーフパイプに姉妹で出場したのが、冨田せな・るきです。ともに「いちばんのライバル」と刺激し合い、支え合って挑んだ今大会では、姉・せなが銅メダルを獲得。この種目では日本女子初メダルとなりました。2つ年下の妹・るきも初出場で5位入賞と結果を残しています。

2人は、名前でも注目されました。「せな・るき」と名付けたのは、両親の冨田達也さん・美里さん。

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『ふたりの間に生まれたのが「せな」と「るき」だ。「響き」が気に入ったのと、「英語圏でも呼びやすい名前」ということで名付けたという』

~『文春オンライン』2022年2月10日配信記事 より

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また、ハーフパイプは活動費・遠征費に多くの金額がかかります。

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『ナショナルチームをとりまとめる全日本スキー連盟から「活動費として一人あたり年間300万~400万円かかることもありますが、大丈夫ですか」と言われたのだ』

~『PRESIDENT Online』2022年2月8日配信記事 より

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冨田家の場合、その額が2人分になります。そのため、以下のような苦労もありました。

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『姉妹の活動を支えたのが両親だ。美里さんは1日に三つの仕事を掛け持ちしたことがあり、現在もダブルワークに取り組む。仕事が立て込む夏場は「1日休める日は月1、2回あればいい」という。達也さん(45)はガソリンスタンドで正社員として働きつつ、美里さんと共に、車中泊もしながら姉妹の送迎に休日を費やしてきた』

~『新潟日報デジタルプラス』2022年2月10日配信記事 より

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父・達也さんはこう言います。

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「本人たちのやる気があったから、それを親が潰しちゃいけない。娘たちには『お父さんもお母さんもなんとか頑張るから、ふたりは競技でやれるとこまで頑張れ』と話した。だから借金はかさむ一方なんだ(笑)」

~『PRESIDENT Online』2022年2月8日配信記事より(冨田達也さんの言葉)

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「自分がやれるところまで、とことんやってみたい」。そんなアスリートの夢を、このように献身的に支えている家族はたくさんいます。家族の想いは、もちろん選手にも伝わり「メダルを見せてあげたい」という想いが、また力になる。家族も、選手と一緒に戦っているのです。

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