高橋真梨子「桃色吐息」でレコード大賞作詞賞を受賞、80年代、数々のヒット曲の作詞を手掛けた康珍化。もともとは天才少年歌人として知られた存在であった。 【大人のMusic Calendar】
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本日、6月24日は作詞家・康珍化の誕生日。1953年生まれ、静岡県浜松市の出身である。
80年代にアイドル歌謡からシティ・ポップスまで幅広い作風でヒット曲を量産した作詞家だが、もともとは早稲田大学文学部哲学科在籍中に、早稲田短歌研究会に属し、短歌の同人グループ「環」では村木道彦に師事、天才少年歌人としてその世界では名を知られた存在だった。同時に8ミリ映画サークルでも活動し、卒業後はCMの制作プロダクションに所属、そこで知り合った山下久美子の九州・アマチュア時代のマネジャーに詞を書いてみないかと誘われたのが作詞家になるきっかけである。
作詞家デビューはアン・ルイスのアルバム『ピンク・キャット』に収録された「シャンプー」(79年)で、作曲は山下達郎。アルバムも達郎がプロデュースしている。ただ、康珍化はこの曲でプロの作詞家を名乗る前に、何作かの詞を発表している。最初は、友人のバンド“トラスト”が「第2回ハロージャンボ後楽園音楽祭」に参加するため詞を提供、「ダンス」という楽曲になりグランプリを獲得している。この時、キャニオンのディレクターに声をかけられ「この曲を山本リンダに歌わせたい」との依頼を快諾したが、タイトルを村上龍のベストセラーに引っ掛けた「限りなく透明に近いダンス」(76年)に改題されてしまった。これが実質的に、康珍化の詞が音盤になった最初の楽曲。トラストもまた「ダンス ダンス」のタイトルでキングから同じ楽曲でデビューした。
その後もガールズや西島三重子などに詞を提供、「シャンプー」の後も大滝裕子、布施明、小柳ルミ子、沢田研二と渡辺プロダクション関係の仕事が多かったが、最初のヒットとなったのは桜田淳子の「美しい夏」(80年)。ライバルであり友人であった山口百恵の結婚に揺らぐ気持ちを淳子が手帳に書きとめたものを原案として、20代女性の心の揺れ動きを繊細に描写した。詞に英語は一切使われず、その後の康珍化に特徴的な、サビ部分の英語詞という作風はまだみられない。
80年代に発表されたヒット曲の多くは作曲の林哲司とのコンビによるもの。林との最初のコンビ作は、80年発表の浅野ゆう子「半分愛して」で、その後上田正樹「悲しい色やね」(82年)、杏里「悲しみがとまらない」(83年)、中森明菜「北ウイング」(84年)、杉山清貴&オメガトライブ「君のハートはマリンブルー」(84年)……と、それぞれ歌い手にとっての代表作となる楽曲を提供してきた。前述の楽曲はすべてサビが英語詞だが、もともと長文が得意な康は、どうしても1つのことを言い切るのに2行以上かかってしまい、歌全体が重たくなるのを避けるため英語詞を入れるようになったそうである。
一方で、小泉今日子の「まっ赤な女の子」(83年)も、「真っ赤」の「ま」をひらがなにすることで軽さを出し、筒美京平の弾けた曲想も相まって、彼女に初のトップ10ヒットをもたらした。この楽曲は秋元康とのコンペで、秋元は結果B面に回った「午後のヒルサイドテラス」の詞をディレクターに渡しに行った際、「まっ赤な女の子」の詞を偶然見て「これは負けた」と思ったそうである。康はその後も小泉に「艶姿ナミダ娘」(83年)「渚のはいから人魚」「ヤマトナデシコ七変化」(ともに84年)を提供、人称をタイトルに配しキャッチ・コピー的なイメージ作りを施す田村充義ディレクターの構想にピタリとはまる詞作を行なっている。こういった遊び心溢れる詞の面白さは、郷ひろみの99年のヒット『GOLDFINGER’99』の♪ア・チ・チ……の訳詞や、アニメ『ストップ!ひばりくん』のテーマ「ワシャWANIサンバ」、『うる星やつら』の「パジャマ・じゃまだ」、『さすがの猿飛』の「恋の呪文はスキトキメトキス」などアニメ主題歌でも発揮されている。
芹澤廣明とも、岩崎良美の一連のアニメ『タッチ』テーマ路線を手がけたほか、チェッカーズのデビュー曲「ギザギザハートの子守唄」(83年)では、七語調の歌詞で統一し、拗音や濁音を効果的に配してオールド・ロックンロールのリズムとスピード感を出している。
また、大学時代の盟友・亀井登志夫とは、山下久美子のデビュー曲「バスルームから愛をこめて」をはじめ松本伊代の「抱きしめたい」(82年)「チャイニーズ・キッス」(83年)、森田記名義で詞を提供した南野陽子の「接近(アプローチ)」(86年)などでもコンビを組む。こういった詞作では情景描写の上手さが際立ち、情景と心象の溶け込み具合も素晴らしい。その極めつけは84年の日本レコード大賞作詞賞を受賞した高橋真梨子の「桃色吐息」(作曲:佐藤隆)に尽きるのではないか。
作詞活動のほかにも、少年隊主演の『19ナインティーン』(87年)や桑田佳祐監督作品『稲村ジェーン』(90年)、川村かおり主演の『東京の休日』(91年)などの映画脚本も担当、童話作家、ゲームのシナリオライターなど多彩なジャンルで才能を発揮、現在も第一線で活躍中である。
【執筆者】馬飼野元宏