美しい日本語による、ヒューマニズム溢れる人間讃歌。日本を代表する作詞家の一人、山上路夫は1936年8月2日に生まれた。本日めでたく傘寿を迎える。
山上路夫の実父は、昭和の戦前・戦後に活躍し、平野愛子の「港が見える丘」「君待てども」などを手がけた作詞家の東辰三。親子二代の作詞家である。
山上自身は思春期を喘息のため闘病生活で過ごし、21歳で作詞家になることを決意。作詞家・石本美由起が主宰する作詞同人誌「新歌謡界」に投稿していた。この「新歌謡界」同人である石坂まさをとはデビューもほぼ同じで、その作風の違いから「貴公子の山上」「野生児の沢ノ井(石坂の本名)」などと呼ばれていたそうである。
その傍らで、雑誌「ジュニアそれいゆ」の懸賞小説に応募し、1位に選ばれたことを機にフリーライターとして活動。1959年に雑誌「平凡」で松尾和子の新曲の一般公募に「炎」という作品で応募し見事に採用され、作詞家としてデビューを飾る。
最初の大ヒットになったのはいずみたくが作曲した佐良直美のデビュー曲「世界は二人のために」。やはりいずみとのコンビで由紀さおりの「夜明けのスキャット」も手がけ、こちらも大ヒットとなり、山上は売れっ子作詞家となった。
60年代後半から70年代にかけ、山上路夫は多くの作曲家と組んで幾多の名曲を世に送り出している。森田公一とのコンビでは「虹をわたって」「恋する夏の日」「想い出のセレナーデ」といった天地真理絶頂期の一連のヒット作を手がけたほか、アグネス・チャンの日本デビュー曲「ひなげしの花」、同じくキャンディーズのデビュー曲「あなたに夢中」などがある。天地真理作品はナベプロ側から「キスはご法度、手もつながない」という厳格な設定を言い渡され、詞作には相当苦労したそうだが、結果的にこのポジティヴで健全な女性像は、高度成長期がピークを迎えつつあり、前向きな未来を信じていた日本の世相とリンクすることとなった。
平尾昌晃とのコンビでは布施明に「愛の園」を書き、小柳ルミ子では「瀬戸の花嫁」という大スタンダードを生み出したほか、梓みちよのイメージ・チェンジ作「二人でお酒を」も大ヒットさせている。鈴木邦彦とは朱里エイコの出世作「北国行きで」を書き、筒美京平とは麻丘めぐみ「森を駈ける恋人たち」、Kとブルンネン「あの場所から」、奥村チヨ「くやしいけれど幸せよ」、野口五郎「甘い生活」などを提供。野口には「私鉄沿線」(作曲は野口の実兄・佐藤寛)も作詞しており、いずれもそれぞれのシンガーの代表作となった。珍しいところでは演歌の作曲家・猪俣公章と組みテレサ・テンに「空港」を、関西の女性漫才コンビ、海原千里・万里(万里は現在の上沼恵美子)に「大阪ラプソディー」を手がけ、ヒットに結び付けている。
フォーク・ロック系のアーティストでは、山本コータローとウィークエンドの「岬めぐり」や、ガロの「学生街の喫茶店」など、これまたスタンダードとなる傑作を提供。ゴダイゴの「ガンダーラ」も奈良橋陽子と共作しているが、ほかに音源化はされなかったものの、山上は「モンキー・マジック」の日本語バージョンも書いていたそうである。
山上路夫の作風は、厳選された言葉選びによる美しい日本語詞が特徴である。それがGSブーム以降の日本のポップスと自然に溶け込んでいる点に、氏の圧倒的な才能とセンスを感じさせる。装飾を施さずシンプルな言葉で情景描写と心象風景を描き出す洗練されたタッチは、日本の四季の風土を思わせながらも、どこかヨーロピアンな香りが漂うのだ。小柳ルミ子に提供した「春のおとずれ」など、まるで小津安二郎の映画のワンシーンを切り取ったかのような、風土と心情の美しいマッチングだが、この「春のおとずれ」と同じ設定で悲恋話を描いた岩崎宏美の「春おぼろ」を聴き比べると、まさしく職人技を堪能できる。氏は「『学生街の喫茶店』の店はどこ?」「『私鉄沿線』はどの路線をイメージして書いたものか?」とよく聞かれるそうだが、それだけ山上の描く詞は、聴き手がそれぞれ情景や思いを投影できる普遍性を持っているのだ。
山上路夫との名コンビといえば、やはり村井邦彦を置いてほかにはない。森山良子の「恋人」や「雨あがりのサンバ」、赤い鳥「美しい星」、ザ・タイガースの「廃墟の鳩」、トワ・エ・モアの「或る日突然」など洗練の極みにある村井のメロディーと、欧州の香りを残しつつ、日本人の喜怒哀楽の機微を繊細に描く山上の日本語詞のマッチングは完璧で、いずれも長く聴き継がれ、歌い継がれる名曲揃いである。中でもさりげなく、しかし力強くメッセージを歌い上げる赤い鳥の「翼をください」は、今や日本中の合唱曲の定番として、発表から50年近くを経ても色褪せない、真の名曲と呼べるだろう。
村井邦彦とは1969年に音楽出版社アルファ・ミュージックを設立、長年に渡り友情を育みコンビを組んできたが、2015年9月27日、28日に開催された「アルファミュージック・ライヴ」では、この日のために山上が作詞、村井が作曲した新曲「音楽を信じる We believe in music」が小坂忠とAsiahのヴォーカルによって披露された。
【執筆者】馬飼野元宏