音頭といえばご存知“三波春夫”?!。 歌謡曲ここがポイント!
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歌謡曲 ここがポイント! チャッピー加藤(ヤンヤンハイスクール講師)
最近、ますます注目されている昭和歌謡。
この講座では、日本人として最低限覚えておきたい歌謡曲の基礎知識を、わかりやすく解説していきます。
今年もお盆の時期がやってきましたが、盆踊りに欠かせないのが「音頭」です。かつて大瀧詠一氏が『Let’s Ondo Again』というアルバムを出したように、日本人にとってルーツミュージックの一つでもある音頭。本稿でも以前、金沢明子の『イエローサブマリン音頭』や、堀ちえみの『Wa・ショイ!』を取り上げましたが、音頭は歌謡曲にも大きな影響を与えています。今回は、「歌謡曲化された音頭」について見ていきましょう。
歌謡曲と音頭といえば、真っ先に浮かぶのが三波春夫です。1964年の東京オリンピック直前に発表された『東京五輪音頭』(1963)は誰もが知る超有名曲であり、古賀政男作品でもありますが、実はこれ、三波のために書かれた曲ではないのです。古賀が想定したのは、三波のライバルでもあった三橋美智也でした。当時は専属作家制度が残っていたので、コロムビア専属の古賀が、キング所属歌手の三橋に曲を書き下ろすことは本来あり得ないのですが、オリンピックをみんなで盛り上げようという趣旨で、本曲に限ってレコーディングの権利を各社に開放したのです。三橋はもちろん、コロムビアは畠山みどり、ビクターは橋幸夫、東芝は坂本九など、当時の看板歌手たちがこぞって歌い、テイチクを代表して歌ったのが三波でした。
各社競作の中、断トツの売り上げを誇ったのが三波盤で、ミリオンセラーを記録。大阪万博のテーマソング『世界の国からこんにちは』(1970)もそうですが、やはりこういう国民的行事にハマるのは三波春夫なのです。
三波は、音頭の仕事は断らなかったのか、ほかにも『ルパン音頭』『交通安全音頭』、果ては『温度音頭』(?)といったネタ的な音頭までレコーディングしています。
ケレン味あふれる楽曲を歌いこなし、歌謡曲の地平を切り拓いてきた歌手といえば山本リンダですが、なんと音頭も歌っています。75年に発売された『ウブウブ(リンダ音頭)』ですが、ジャケットはなんと着物姿!実にご陽気な音頭テイストの歌謡曲です。『どうにもとまらない』で「私の心はウブなのさ」と歌った山本リンダですが、この曲は「アハン、ウフン〜」といった艶っぽい合いの手も入り、彼女ならではの絶妙なグルーヴが醸し出されています。ちなみに作曲は加瀬邦彦、アレンジは萩田光雄が担当。まったく売れませんでしたが、音頭の歌謡化という観点からは、ぜひ押さえておきたい一曲です。
夏といえば盆踊り、常夏といえばハワイ、ならば両者を掛け合わせたらどうだ?と「ハワイアン+音頭」の融合を試みた意欲作が、殿さまキングスの『ハワイ音頭』です。冒頭からスティールギターと三味線がコラボ。本当に曲を作ってしまう方もどうかと思いますが、歌う方もまったくどうかしています。
まさに殿キンにしか歌えない世界で、歌詞には「椰子の実」「ワイキキ」「アロハ」などハワイを想起させるワードがふんだんに盛り込まれ、最後は「♪カメハメハメハ〜 ちょいとカメハメハ〜」という意味の分からないフレーズで締めるこの曲。宮路オサムの歌で聴くとスッと脳味噌に入ってくるから不思議です。ハワイアンでフラダンスを踊るハワイの人たちと、音頭で踊る日本人、音楽を聴くと勝手に体が動き出すところは同じでしょ?ということをこの曲は改めて教えてくれます。
“歌謡化された音頭”ここがポイント!
<押さえておきたい音頭ティック歌謡>
・佐良直美『二十一世紀音頭』(1969)
…30数年後の未来を予測して歌ったSF的音頭。あまり当たってない。
・伊東四朗&小松政夫ほか『デンセンマンの電線音頭』(1976)
…元祖は桂三枝師匠(現・文枝)。伊東&小松コンビで大流行。
・ジェリー藤尾『巨人軍音頭』(1976)
…堀内、新浦、小林ら当時のスター選手が歌詞に登場。作詞は梶原一騎。
【チャッピー加藤】1967年生まれ。構成作家。
幼少時に『ブルー・ライト・ヨコハマ』を聴いて以来、歌謡曲にどっぷりハマる。
ドーナツ盤をコツコツ買い集めているうちに、気付けば約5000枚を収集。
ラジオ番組構成、コラム、DJ等を通じ、昭和歌謡の魅力を伝えるべく活動中。