本日12/12は、中島みゆきの「わかれうた」がオリコンチャートの1位を取った日である。彼女にとって、初のナンバ-ワン・ヒットとなった。
この歌はいきなり、道に倒れて誰かの名前を呼び続けるというような経験をしたことがあるか…、みたいな問い掛けから始まる。しかしこちらに考える暇(いとま)を与えず、黄昏というのはお人好しなわけじゃないんだよ、などと、スタスタ次なる見解へと移っていく。
その際、イントロから鳴り響いているのは♪ブンチャッ ブッチャッという、戦前の日本の流行歌でいうなら「天然の美」とか、そうしたものを連想させるノスタルジックな雰囲気のリズムである(ただしあれは♪ブンチャッチャ ブンチャッチャの三拍子で、こちらは二拍子である。連想するものを広げるなら、ここで響くギタ-の音色も手伝って、ファドで演奏されるポルトガル・ギタ-のテンポの早い曲、みたいな雰囲気に聞こえなくもない)。
実は私は、かつて『月刊カドカワ』という雑誌で彼女のバイオグラフィ・インタビュ-をさせてもらった時、この曲に関しても本人に伺っている。その時の記事の該当箇所は、中島みゆきの膨大なデ-タが整理され、誰にでも見ることが出来る「中島みゆき研究所」というサイトにも紹介されていたので引用する。この曲のナンバ-ワン・ヒットによる、中島みゆきには“失恋ソングの女王”的な称号が与えられのことにもなるが、そのあたりに関する発言でもある。
ひとつのイメージが出来たでしょうね。"わかれうた"→"わかれ"→"つまりそういう歌をうたう人"っていう。もちろん、このヒットで私にひとつの看板が出来たわけですけどね。
1991年11月号の記事である。発言中の“→”は勝手に僕が執筆時にアレンジしたものだが、彼女が“ひとつの看板”という、比較的ポジティヴな表現をしているのは注目だ。その後、多くの別の“看板”も掛け替えつつ、数多くの名曲を世に生み出し、現在に至るわけである。
その「中島みゆき研究所」のこの曲の解説のなかに、とても興味深い記述があった。さらに引用させて頂く。「もともとこの曲は、コンサートのリハーサル用に作ったもので、自身のライブでは、なかなか真面目に唄うことが少ない」。さてこれ、どういう意味なんだろ?
まず、“コンサ-トのリハ-サル用”にわざわざオリジナル曲を作ることなどあるのだろうか? でも推測するに、リハの時、バンドの連中と息を合わせるため、コ-ド進行も初見ならぬ“初耳”でミュ-ジシャン達が乗っかってこれるような、そういうのをシャレでやってみた、ということではなかろうか。そしたら実に楽しくその場が♪ブッチャブンチャと盛り上がり、記憶に残るものになった、みたいな…。
その時、中島みゆきの意識のなかには、“さぁ、新たな作品へ向かうのよ!”みたいな力みは当然なく、無意識であったがゆえに、幼い頃から何となく親しんできた日本の流行歌といったものを無防備に正面から取り入れることにもなったのかもしれない。いや、取り入れる、という意識すらなく、どこか懐かしい流行歌の“名調子”を、気付けば体現していたということだろう。
さっき引用したなかの、「自身のライブでは、なかなか真面目に唄うことが少ない」というのは、そんな意識から生まれたものゆえに作品に対して取られてきたスタンスなのだと思われる。そういえば『夜会』の三作目である『KAN-TAN(邯鄲)』のステ-ジでは、実際に道に倒れながらちょっとコミカルな雰囲気で「わかれうた」を歌唱するシ-ンがあったっけ…。
まあこういうふうに書いてると、シャレで適当に作ったものが代表曲になった、みたいに受取られてしまうかもしれないが、これはあくまで“曲作りにおけるリラックス効果”みたいなことに関する推論であり、もちろん「わかれうた」が大名曲であることに変わりはない。
特に、多くの人々が指摘するのは、歌詞のあの部分だ。“憂い”を身につけた “あなた”が、名を上げる場所が国土地理院の地図にも記載のない“うかれまちあたり”であるあたりの詩情というか詞情というか、いやはや中島みゆきは天才やなぁ~、と、そう呟いてしまうのだ。
ちなみに「わかれうた」とは、この歌の主人公が歌のなかで口ずさむ歌のことであり、その時、彼女は別れの悲しみを抱えている。もしアメリカのポップ・ソングで使われる言葉にするならトーチソング(torch song)ということかもしれない。
さらに蛇足だが、我々はこの歌の主人公を哀れだとかって思う必要はない。なぜなら“彼女”は“わかれ”がクセになるほど出会いも多いのだ。けっこうモテてる。だから哀れだとか思う必要は一切な~~い! そうですよね、みゆきさん?
【執筆者】小貫信昭(おぬき・のぶあき)1957年東京生まれ。1980年、『ミュージック・マガジン』を皮切りに音楽について文章を書き始め、音楽評論家として30年のキャリアを持つ。アーティスト関連書籍に小田和正、槇原敬之、Mr.Children、森高千里などのものがあり、また、J-POP歌詞を分析した「歌のなかの言葉の魔法」、自らピアノに挑戦した『45歳、ピアノ・レッスン!-実践レポート僕の「ワルツ・フォー・デビイ」が弾けるまで』などを発表。