1969年1月30日は、映画『ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK ‐ The Touring Years』の最後の場面にも象徴的に登場する、アップル・ビル屋上で劇的な演奏が披露された日だ。66年8月にコンサート・ツアーを辞めて以来、ビートルズにとって初めての「公」のライヴともなったが、しかし、あれが、4人が人前で演奏するぎりぎりの選択でもあった。
その屋上でのライヴは、ゲット・バック・セッションの最後を飾るにふさわしい一大レコーディングでもあった。ゲット・バック・セッションとは、66年のライヴ活動停止後、ビートルズが徐々に崩壊に向かっていったことに危機感を抱いたポールが提唱したものだ。デビュー時に立ち戻り、シンプルな編成で4人が顔を合わせてセッションに臨み、もう一度初心に返る――。そんな思惑のもと、セッションはまず1月2日から15日までトゥイッケナム・スタジオでテレビ・ショーのリハーサルとして行なわれ、21日~31日までアップル・スタジオでの本格的なセッションへと続いていった。
しかし、途中でジョージ・ハリスンの脱退やビリー・プレストンの加入など、4人を取り巻く環境の劇的な変化もあり、いつ解散してもおかしくない険悪な状況が続いた。そうした中であの屋上でのライヴは行なわれたのだった。
こうして69年1月30日午後12時40分ごろ、マイケル・リンゼイ=ホッグ監督の“On a show day”のアナウンスに続き、ロンドンのサヴィル・ロウにあるアップル・ビル本社屋上から、昼食時でごった返す人々の頭上に、いきなり大音響が降り注いだ。タイム・マシーンがあったら行きたい場面はビートルズの歴史には数多くあるけれど、あの日あの時あの場所にいられたらと思う。演奏されたのは下記の9曲、計42分間だった(*はアドリブ演奏)。
ゲット・バック#1/ゲット・バック#2/アイ・ウォント・ユー(シーズ・ソー・へヴィ)(*)/ドント・レット・ミー・ダウン/アイヴ・ガッタ・フィーリング/ワン・アフター・909/ダニー・ボーイ/ディグ・ア・ポニー/ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン(*)/アイヴ・ガッタ・フィーリング/雨の日の女(*)/ア・プリティ・ガール・イズ・ライク・ア・メロディ(*)/ドント・レット・ミー・ダウン/ゲット・バック
映画『LET IT BE』のクライマックスを観ればその素晴らしさがより実感できるが、ほとんど身内や関係者しかいない「ステージ」であったとしても、いきなりあそこまでの演奏ができるとは…。それ以前の散漫なセッションを耳にするとなおさら思うところだが、デビュー前からライヴで鍛え上げた職人技はダテじゃなかった。「さすが」と言うしかない。特に「アイヴ・ガッタ・フィーリング」「ワン・アフター・909」「ディグ・ア・ポニー」は、リハーサルを含むそれ以前のどの演奏と比べてみても、屋上のライヴがベストであるのは明らかだ。メンバー以外の誰かがいる人前でのライヴだったからこそ――“人前”と言っても、関係者+隣の建物の屋上などのわずかの“観客”だけだが――、演奏をここまで改善させることができたのだろう。
ビートルズの“ラスト・ライヴ”は、「オーディションに受かるかな?」というジョンの有名な一言で終了。数多くの伝説を生み出したビートルズ。解散間際のルーフトップ・セッションで、新たな伝説をもうひとつ作ったのだった。
【執筆者】藤本国彦(ふじもと・くにひこ):CDジャーナル元編集長。手がけた書籍は『ロック・クロニクル』シリーズ、『ビートルズ・ストーリー』シリーズほか多数、最新刊は『GET BACK… NAKED』。映画『ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK』の字幕監修(ピーター・ホンマ氏と共同)をはじめビートルズ関連作品の監修・編集・執筆も多数。