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1976年11月15日、研ナオコの「あばよ」がオリコン・チャートの1位を獲得した。この曲は研ナオコにとって初の、そして現在まで唯一のオリコン1位作品である。
研ナオコは子ども時代からのど自慢番組に出演し、70年に歌手を目指して上京、71年に、前年秋に発足された東宝レコードの第1号歌手として「大都会のやさぐれ女」でデビューしている。もともとコメディエンヌだと思っている人も多いかもしれないが、最初から歌手志望であったのだ。
東宝レコード時代は、72年に発売された「京都の女の子」がスマッシュ・ヒットしたほか「こんにちわ男の子」「女心のタンゴ」など通算8枚のシングルと2枚のアルバムをリリースしたが、歌手としては大きくブレイクすることはなく、むしろテレビやCMタレントとしての認知が高かった。心機一転、キャニオン・レコードに移籍し、阿木燿子=宇崎竜童コンビの「愚図」を発表したのが75年の9月10日。この曲はベストテン・ヒットを記録し、ふられ女の歌を歌って魅力を放つことを証明した。同コンビによる「一年草」をリリースし、その後76年6月25日発売の「LA-LA-LA」で、中島みゆきを作詞・作曲に初起用する。
阿木=宇崎コンビにしても、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」で大ブレイクした直後の起用であり、その後この2人は山口百恵や内藤やす子の諸作で、ヒット・メーカーとなっていくのだが、その先鞭をつけたのが研ナオコであった。同様に中島みゆきも、他者への楽曲提供は研ナオコが最初であり、そういった意味でもこの時期の研ナオコのスタッフの慧眼がみてとれる。
「あばよ」はアルバム『泣き笑い』からのシングル・カット曲で、76年の9月25日に発売された。中島は研ナオコが愛川欽也と共演したミノルタカメラのCM(「美人しか撮らない」というギャグで名高い)を観て、「あれだけ人を笑わせることができる人は、泣かせることもできるのでは」と思ったそうである。
この楽曲で特徴的な点は、4分の3拍子で作られていることにある。童謡や唱歌に多い、覚えやすくどこか懐かしいメロディーとリズムだが、中島みゆきはこの4分の3拍子の楽曲をかなり多く作っている。そもそもデビュー曲となった「アザミ嬢のララバイ」をはじめ、その後加藤登紀子に提供した「この空を飛べたら」もやはり4分の3拍子である。自身の作品でも「断崖―親愛なる者へー」や「かもめの歌」「ララバイSINGER」など、かなりの数がみられる。
「あばよ」もまた、4分の3拍子が奏でるノスタルジックなメロディー・ラインと、「泣かないで」や「あの人は」のリピートが子守唄のように穏やかに語りかけてきて、「ふられ歌」ながらどこか包み込むような温かみを感じさせる名曲である。同じ中島みゆき作品の前作「LA-LA-LA」が同じくふられ歌ながらサンバ調でカラッと乾いた感性なのと好対照であり、「LA-LA-LA」のほうが研ナオコの資質には合っているようにも思えるが、大衆が支持したのは「あばよ」であった。
この「あばよ」リリースの76年後半からの2年ほどは、歌謡界はちょっとした中島みゆきブームであった。研ナオコのこの大ヒットが契機となり、77年4月にはちあきなおみが「ルージュ」、同年11月には桜田淳子が「しあわせ芝居」、翌78年3月にも「追いかけてヨコハマ」と中島に連続して楽曲提供を受け、さらに同じ3月に加藤登紀子が「この空を飛べたら」、そして研ナオコが再び「かもめはかもめ」を歌う。7月にはグラシェラ・スサーナが「さよならの鐘」、10月には小柳ルミ子が「雨…」、日吉ミミが「世迷い言」(これは珍しく曲のみ提供で作詞は阿久悠)とかなりの数の楽曲提供がある。当の中島自身も77年9月10日リリースの「わかれうた」でチャート1位を獲得する。
中島自身のシングル曲と、他の歌謡曲歌手への提供曲で、作風の変化はほとんどないので、中島みゆきのもつ「ふられ歌」の魅力、ストレートに届くマイナーのメロディーが、歌謡曲としても十分なセールスを期待できるものとして認識されていたのである。提供アーティストはすべて女性歌手であり、これまでのイメージを一新させる意味で、中島作品が効果的であったことを証明している。
その中でも研ナオコは、「LA-LA-LA」「あばよ」を皮切りに、82年12月発売の「ふられた気分」まで通算でシングル7曲を中島作品が占めている。78年7月には『研ナオコ、中島みゆきを歌う』というカヴァー・アルバムも発表しており、中島作品の歌い手としてはこの時期、最大の体現者であり、中島みゆき=ふられ歌の女王のイメージを補填する結果ともなったといえるだろう。
研ナオコ「愚図」「あばよ」「LA-LA-LA」「かもめはかもめ」ジャケット撮影協力:鈴木啓之
【著者】馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70~80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。