ローティーンの頃から歌い、カヴァー・ポップス、そして歌謡曲シンガーとしても多くのヒットを連ねた伊東ゆかりは、日本が誇る屈指のポップス・シンガーのひとりである。渡辺プロ3人娘の一翼を担っていた頃は「ロコモーション」や「キューティー・パイ」、その後のオリジナル歌謡ポップスでは「小指の想い出」「恋のしずく」など、数々のヒット曲があるほか、女優としてテレビドラマや映画の主演作も多数。現在に至るまで常に第一線で活躍し続けてきた。4月6日は伊東ゆかりの誕生日である。
2004年に再結成されて以降、定期的にコンサート活動を行ってきた、中尾ミエ、園まりとの3人娘では一番年下の伊東ゆかりであるが、歌手デビューは最も早く、ロカビリー時代の1958年(ただし、園まりはそれ以前に童謡歌手としてレコードを出している)。11歳の時にキングレコードから「かたみの十字架/クワイ河マーチ」でデビューした。ベース奏者だった父親の影響で幼い頃からジャズに親しみ、6~7歳の時から進駐軍キャンプを廻っていたというから、11歳での早いデビューも頷けるところ。その後学業優先で芸能活動を一時休止した後、渡辺プロダクションに籍を置いて本格デビューする。そして同じ渡辺プロから1962年にデビューした中尾ミエ、園まりと共に3人娘として売り出されるわけで、3人でフジテレビのヴァラエティ番組『森永スパーク・ショー』に出演したことから、<スパーク3人娘>の異名をとることになる。一世代前の美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみの元祖三人娘を継ぐポップス界のスターとして存在感を高めることとなった。
その魅力ある歌声はさておき、3人娘時代の伊東ゆかりは率直に言ってそれほど目立つ存在ではなかったことは事実の様である。後にフジテレビの歌番組『夜のヒットスタジオ』で司会を務め、芸能界への批評眼も鋭かった前田武彦が評するに、中尾ミエの魅力を“生意気さ”、園まりの魅力を“色っぽさ”としたところで、さて伊東ゆかりはなんだろう、と著書に書かれていたのを読んだことがある。とはいえ、チャーミングな容姿、清潔さや品の良さなどを結局はホメているのだが、真面目な性格でいい奥さんになるだろうという予想は半分は当たり、半分は外れてしまったわけだ。時折垣間見せる意外とお茶目な感じは、3人娘が主演した映画『ハイハイ3人娘』などからも窺い知ることが出来るので未見の向きはぜひ。そんな彼女は、アメリカ製のカヴァー・ポップスのブームが少し落ち着いた1964年、イタリアのジリオラ・チンクエッティが歌った「夢見る想い」をカバーしたのをきっかけに、カンツォーネのレパートリーが頻繁になる。1965年に出場したサンレモ音楽祭では「恋する瞳」で3位入賞を果たし、既に歌謡曲への転向を成功させていた園まりと同様に独自の路線を歩んでゆく。
しかしなんといっても、歌手・伊東ゆかりにとって大きな転機となったのは、徐々にオリジナル楽曲へと移行して行く中で大ヒットに至った「小指の想い出」であろう。才能ある女流作詞家・有馬三恵子の処女作であり、有馬とは当時婚姻関係にあった作曲家・鈴木淳と共に作られた歌謡曲。ムード歌謡でありながらポップス・センスにも満ち溢れた名曲は、いわばムード・ポップスとも呼ぶべき新ジャンルで、後に続く小川知子やいしだあゆみ、ちあきなおみら、この路線のブームに先鞭をつける形となった。約1年後に、安井かずみ×平尾昌晃コンビによる「恋のしずく」がさらなるヒットとなったことも大きい。「小指の想い出」と同タイプでありながら、勝るとも劣らぬ傑作を供した平尾は、「星を見ないで」「知らなかったの」と佳曲を量産して、伊東ゆかりの人気に拍車をかけた。一方でザ・タイガースを筆頭にグループサウンズがブームとなり、正に渡辺プロの黄金時代とも重なる。
1970年に渡辺プロを離れ、レコード会社もキングからコロムビアへと心機一転した後も、岩谷時子×筒美京平コンビの作品「誰も知らない」をヒットさせる。稀代のヒットメーカー・筒美の曲を歌うことは、独立後にマネージャーを務めていた父親・伊東謙吉氏の要望であったという。その後、ビクターへ移籍してからも良質のオリジナル・ポップスを出し続け、年齢を重ねる毎に安定感を増す歌声は、竹内まりやへと連なる女性ポップス・シンガーの系譜であると指摘する声も聞かれる。
10年ほど前だったろうか。渋谷のシアターコクーンで開催されたコンサートを訪れた際、自分が座った客席のすぐそばに、元巨人軍の柴田勲氏が座っていてずっと気になっていたのだが、公演の最中に舞台から降りてきた伊東ゆかりが「今日は古くからの大切な友達が観にきてくれました!」と、そばまで来て柴田氏を紹介するシーンがあって驚いたことがあった。週刊誌のゴシップ記事で噂になったこともある二人が長い年月を経てとてもいい関係になっていたことを、その場に居合わせたファンは悦び、大いに祝福したものである。大人のラブソングを歌わせたら右に出る者がいない歌手・伊東ゆかりらしい、素敵なエピソードではないだろうか。
【執筆者】鈴木啓之 (すずき・ひろゆき):アーカイヴァー。テレビ番組制作会社を経て、ライター&プロデュース業。主に昭和の音楽、テレビ、映画などについて執筆活動を手がける。著書に『東京レコード散歩』『王様のレコード』『昭和歌謡レコード大全』など。FMおだわら『ラジオ歌謡選抜』(毎週日曜23時~)に出演中。