本日7月5日は『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の日本発売の日である。いわずとしれたビートルズの最高傑作盤と知られている。しかし60年代当時この盤を買った若者の間での評判はどうだったのだろうか? 僕の周りの68年当時のロック好きなお兄さん方の共通見解は「ビートルズはハードな『リボルバー』が一番イカす」というものだった。ヴァニラ・ファッジ、クリーム、ジミヘンが人気で、翌年レッド・ツェッペリンがデビューする。ようするに若者の好みは、よりヘヴィーな音を求めて急旋回していたのだ。
僕は71年頃に赤いヴィニール盤で買ったが、そんな時代の中で「大人しいな」と思ったことをまざまざと思い出す。
問題は日本人が、めざせ新三種の神器=ステレオでステレオバージョンを聴いていたことだ。
『ザ・ビートルズ・サウンド最後の真実』でジェフ・エメリックはこう言う。「真のビートルズ・ファンならばモノ・バージョンを入手すべき。ステレオとは比較にならないほどの時間と労力がモノには投入されている」と。しかし日本人は60年代当時、すでに、三種の神器に追いつけ!とステレオを応接間に置き出していた。モノラルプレーヤーは普及していなかった。
だから、日本人はステレオの『サージェント~』しか知らない。僕が真のモノ・バージョンを聴いたのは14年のモノ・アナログ・ボックスだった。(2009年のモノCDボックスは何故かレベルが低く、本物の迫力を出していない)それは『リボルバー』に感じたゴリゴリとした手ごたえだった。
今回のリミックスステレオ版は、そんなパワフルなモノ盤の手ざわりをステレオミックスで実現するために行われたプロジェクトだ。今までヘナヘナとしたステレオバージョンしか聴いたことのないほとんどのビートルズ・ファンのために為された作業だ。だから作為的にリミックスでサウンドを誇張したりしているわけではない。
さらに従来の盤では到底知りようのない、ラジカルなビートルズが、今回の「セッション・トラックス」のバージョンで現れた。タイトル曲や「ゲッティング・ベター」「ラブリー・リタ」等、のヘヴィーなサウンドはどうだろう? 管、弦、装飾的な上物を取り去り、下から出てきたのは、驚くべきヘヴィーネスであった。分離されて低音要素を増し暴れるベースとギター。そして、どっしりと重いドラム。リンゴの好きな低いチューニングや録音の創意工夫で得られた音像だ。
それはずばり90年代のグランジ・ロックの祖先なのだ。ビートルズは「ヘルター・スケルター」の前に、すでに1967年にグランジを発明していた。
「セッション・トラックス」を聴いて今どきのエンジニアが、大げさなエフェクトをかけたんじゃないかと勘違いする人もいるかもしれない。しかし、ナチュラル音でレコーディングされたサウンドだ。ベースやドラムの低音成分をガシっと捉えること。それが現在までのロックのハード化への道だったのだ。「低音がリードするロック・サウンド」の発明だった。
ポール・マッカートニーは自らがグランジの元祖であることを示すように、2013年映画『サウンド・シティ』サウンドトラック盤「Cut Me Some Slack」という曲で、ニルヴァーナのデイヴ・グロールと共演を果たしている。それはやはり「ヘルター・スケルター」に似た曲だった。
70年代以降、マルチトラックに録音した個々の音色を機械内で徹底的にいじくりまくるという時代が来る直前に、ビートルズはすべてのロックに先がけて、そんなサウンドを得たが、そのため、その時代でなくしては得られない、ナチュラルだがトリップ性も高い音響感があることもその魅力である。
『サージェント~』のみが持つ、気品あふれるエコー感だ。当時のアナログ・エコー・チェンバーが大きな役割を果たした。ほとんどの曲でボーカルと楽器にリヴァーヴが聞かれる。「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ~」「フィクシング・ア・ホール」では特に顕著だ。
この時期、EMIでは社を挙げて「響き」に取り組んでおり、「アンビオフォオニック・システム(Ambiophony)」という技術も「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」のオーケストラの録音で使用された。アビイロードスタジオ1の壁は洞穴のようになっており、そこに100個のスピーカーを均等に配置、送り込む信号のディレイ(遅延)を少しづつ変えることで部屋の音響特性をコントロールするという、とんでもなく凝った音響設計である。
サイケだが気品があり、何よりも音色の粒が揃っている。そして今回のリミックス盤でわかる通り、グランジに負けないロック魂がベースとなっている。
だから『サージェント~』はビートルズで最大の成功を収めた。
『サージェント~』が発売された時、米ライター、ラングドン・ウィナーによれば「ララミー、オーガララ、モーリン、サウス・ベンド~(どの街からも)トランジスタ・ラジオ、ポータブルのハイファイからメロディーが聴こえてきた」という。「修復できないほどばらばらになっていた西欧という意識がほんの一瞬、ひとつになった」(『メイキング・オブ・サージェント・ペパー』より)というほど文化的衝撃力をこの盤は持っていたのだ。
この盤の地味なイメージを刷新するため、ぜひ、今回のリミックス盤を聴いてみていただきたい。
【執筆者】サエキけんぞう(さえき・けんぞう):大学在学中に『ハルメンズの近代体操』(1980年)でミュージシャンとしてデビュー。1983年「パール兄弟」を結成し、『未来はパール』で再デビュー。「未来はパール」など約10枚のアルバムを発表。1990年代は作詞家、プロデューサーとして活動の場を広げる。2003年にフランスで「スシ頭の男」でCDデビューし、仏ツアーを開催。2009年、フレンチ・ユニット「サエキけんぞう&クラブ・ジュテーム」を結成しオリジナルアルバム「パリを撃て!」を発表。2010年、デビューバンドであるハルメンズの30周年を記念して、オリジナルアルバム2枚のリマスター復刻に加え、幻の3枚目をイメージした「21世紀さんsingsハルメンズ」(サエキけんぞう&Boogie the マッハモータース)、ボーカロイドにハルメンズを歌わせる「初音ミクsingsハルメンズ」ほか計5作品を同時発表。