特異な輝きを放つ女優・藤真利子のレコード群の凄さ

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【大人のMusic Calendar】

本日は、女優・藤真利子の63回目となる誕生日。

文豪・藤原審爾(歌謡ファンにとっては、吉永小百合・山口百恵のそれぞれ主演で2度映画化された『泥だらけの純情』でおなじみだろう)の娘として1955年(昭和30年)6月18日誕生。聖心女子大学在学中の77年に昼ドラ『文子とはつ』で女優デビューする。以来、お嬢さま女優からトレンディな成熟期を経て、今では訳ありな熟女や悪女役が似合う大女優へと成長した。そんな彼女にも、時代の掟にはまってレコード活動をした時期があった。小百合を筆頭とする「歌うスター女優」という形容に華々しさが伴った昭和40年代と、「アイドル歌手やってましたがいつの間にか女優メインに」というケースが増えたマルチメディア発展期の昭和末期に挟まれた、79〜84年というニッチ期に集中して残された真利子のレコード群は、それ故に未だ特異な輝きを放っている。

何せ、本人の活動ポリシーと芸能界のメインストリームが噛み合うことがなかったためか、そんな興味深いレコードの数々がリアルタイムで筆者のアンテナにひっかかることは、殆どなかった。やっとその魅力に目覚めたのは、まさしく昭和と平成が交差した頃。当時のバイト仲間だったTという男と、お互い好きなジャンルのテープコンピを作って交換(筆者は昔のロックやちょっと前のアイドル歌謡、彼は専らソウルやファンク、時折ニューミュージック)していたが、ある日彼から受け取ったテープの中に藤真利子の「花まみれのおまえ」が入っていた。作者が誰かというのも知らされず聴いてみたら、凄いではないか。やがて、彼の導きにより同曲が収録されたアルバム『狂躁曲』を中古で探し出して、二度吃驚。その作家陣の凄さと、大女優の証としか言いようのない真利子の咀嚼力。こうしてずるずるとはまり、1年も経たないうちに全レコードを集めあげてしまった。

それから10年とちょっとして、そんな自分が藤真利子のレコードをCDで再発する動きに関わることになるとは、夢にも思っていなかった。1999年12月、ひょんな縁から行くことになった、『狂躁曲』の重要ブレーンの一人・ムーンライダーズの鈴木慶一氏の某CDショップでのインストアイベントにて、直接「藤真利子をCD化してくださいよ!」と熱い気持ちを伝えた5ヶ月後には、早くもCD2枚が店頭に並んでいた。その熱い気持ちがいつの間にか、当時テイチクで再発専門レーベル・クロニクルの制作に関わっていた中村俊夫氏に伝わり、拙いながら初めて流通商品のライナーノーツを手がけさせていただくことになるのである。今思うと、なんとスピーディな日々だったのだろうか。CDが出た後、マニアックな音楽雑誌に本人が熱く語るインタビューが掲載された時には、「やったぞ」と膝を打ったものだった。

さて、いよいよ音楽そのものの話題に移ろう。初めてのレコードは、79年6月21日、アルバム『シ・ナ・リ・オ』とシングル「シナリオ」の同時リリースだ。ファッショナブル女優の面目躍如とばかりに、当時同じキングでシンガー=ソングライターとして活動していた丹羽応樹や渋谷祐子など、作曲家陣をほぼ女性で固めたポップな一作であるが、注目されるのは何と言っても、呉田軽穂ことユーミンが書き下ろしたシングル曲、そして「ピアノフォルテ」だ。ミュージシャンクレジットはないが、後者で聴ける味のあるピアノソロは真利子自身によるものである。長らくCD化が待たれていたが、2017年になって遂に、続くシングル2枚の音源と併せてCDリリースが実現した。

特異な輝きを放つ女優・藤真利子のレコード群の凄さ

81年3月にはテイチク移籍第1弾アルバム『浪漫幻夢(Romantic Game)』をリリース。前作から続くユーミン、南佳孝に加え、岸田智史(敏志)、松任谷正隆を作家陣に迎え、よりニューミュージック色を強めたアルバムに仕上がっているが、唯一異様なオーラを放っているのが、自らの作詞・作曲によるシアトリカルな大作「ピエール,ピエール, ピエール!」だ。ここで聴かれる毒気は、続く作品の中で大きく膨らむことになる。このアルバムも2014年にやっとオリジナルな形で再発売が実現した。

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そしていよいよ82年1月に問題作『狂躁曲』の登場となる。ここに集まったのは、ムーンライダーズのメンバー達、沢田研二、高橋幸宏、寺山修司、赤江瀑、吉原幸子…それ以上の説明は敢えて不要だろう。突然変異としか思えない凄いアルバム。2014年の再発盤さえ早くも見つけにくくなっているので、未聴の方は是非。なお、先行シングルとしてリリースされた「花がたみ」(ここでの三味線も真利子自身による演奏)は、アルバムとは若干ミックスが違い、真利子の音源の中ではこのヴァージョンだけが現在までCD化を逃れている。

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次作、83年5月リリースの『アブラカダブラ』は、前作の病的な世界観をフレンチ・ポップスのニューウェイヴ的解釈を得て明るい方向へと転換した意欲作。新たに作家陣に加わった細野晴臣、坂本龍一、松尾一彦もいい仕事をしているが、聴きものはフランス・ギャルの「娘たちにかまわないで」をカバーした「うわきなパラダイス急行」と、ジュリーによるGSオマージュの極致「モナリザの伝説」だ。前作の豪華作詞家陣から一転して、すべての歌詞を微美杏里のペンネームで手がけた真利子自身の気合の入れ方も半端ない。

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第5作で現在のところ最新アルバム(!)である『ガラスの植物園』(84年8月)では、フレンチ志向を更に推し進め、全編セルジュ・ゲンズブールを筆頭とするフレンチ・ポップスのカバーに、自らの歌詞を添えるという大胆な試みを実行している。歌手としての成熟が最も現れたのがこのアルバムではないだろうか。立花ハジメによるジャケットのアート・ディレクションが、わずかにニューウェイヴ色を残している。ちなみにほぼオンタイムで新譜として出たCDは、一般市場に殆ど出回る機会を得ず、激レア盤となっている。

特異な輝きを放つ女優・藤真利子のレコード群の凄さ

充実した歌手活動の傍ら、作詞家・微美杏里としても、ジュリーや良き友達・近藤真彦、レーベルメイトだった北原佐和子などに作品を提供し、柏原芳恵の「夏模様」で83年度日本作詞大賞優秀賞に輝くという音楽活動も、いつの間にか女優としての存在感の中にフェイドアウトしていったが、時折インタビューなどで当時の音楽活動の話題を持ち出すのを目にすると、やはり震えずにいられない。藤真利子のレコードのような「女優だけが成し得る音楽」は、今後果たして現れるのであろうか。導き役としても、彼女のCDは市場に残って欲しい。

【著者】丸芽志悟(まるめ・しご) : 不毛な青春時代〜レコード会社勤務を経て、ネットを拠点とする「好き者」として音楽啓蒙活動を開始。『アングラ・カーニバル』『60sビート・ガールズ・コレクション』(共にテイチク)等再発CDの共同監修、ライヴ及びDJイベントの主催をFine Vacation Company名義で手がける。近年は即興演奏を軸とした自由形態バンドRacco-1000を率い活動、フルートなどを担当。 2017年5月に3タイトルが発売された初監修コンピレーションアルバム『コロムビア・ガールズ伝説』の続編として、新たに2タイトルが10月25日発売された。
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