70年代のジャパニーズ・クリスマス・ソング事情
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【大人のMusic Calendar】
1950年代から目立ってきた、日本の流行歌手によるクリスマス・レコードやオリジナルのクリスマス・ソング制作は、70年代に入ると60年代ほどの活況は見られず、停滞期になってしまった。
アイドル/歌謡界では、野口五郎・西城秀樹・郷ひろみの新御三家にクリスマス・レコードがなく、新三人娘では、'75年に南沙織のEP「シンシアのクリスマス」が出るが、小柳ルミ子は'72年のアルバム特典EPにクリスマス・ソングが収録されているだけで(朱里エイコにも同様のEPあり)、天地真理はなし。'72年に香港でクリスマスEPを出したアグネス・チャンは、日本でのアイドル活動の全盛期にはクリスマス・レコードを出していない。森昌子・桜田淳子・山口百恵の3人も、淳子が風邪薬のCM絡みでクリスマス・ソング入りの販促フォノシートを出しているだけで、他の『スタ誕』組では、ピンク・レディーにアイスクリームの販促フォノシート付クリスマス・カードがあるぐらい。
一般のクリスマス・レコードとしては前述の南沙織、'71年に菅原洋一がLPとEP、ジャニーズ事務所にいたジューク・ボックスが6曲入りEP、'73年にフィンガー5がEP(前身のベイビー・ブラザース時代にもシングル「ジングルベル」がある)、'75年に佐良直美がLPを出しているぐらいだ。森田健作にも『健作とあなたのクリスマス』があるが、これは'69年に『ケン坊とあなたのクリスマス』のタイトルで出たLPを、TVドラマ『おれは男だ!』のブレイク後に、ジャケット写真とタイトルを変えて‘71年に再発したもの。
しかし、これらの大半は有名なクリスマス・ソングのカヴァーで、オリジナル・ソングは、ジューク・ボックスのEPに2曲あるのが目立つ程度。'74年に「ミドリ色の屋根」で大ブレイクしたルネ・シマールは、同年に「クリスマス・ベスト・ヒット」というEPを出したが、日本語のオリジナル・ソングは、'75年4月発売のアルバム『君のすべてがほしい』に収録された「クリスマス・トゥリー」のみ。この他、純アリス、松本ちえこ、ザ・リリーズ、榊原郁恵などが、シングルB面やLPにオリジナルのクリスマス・ソングを収録しているが、何れも一般的な知名度は低い。
フォーク/ニュー・ミュージック勢では、'76年にフォーライフ・レコード創立1周年記念として制作された小室等・吉田拓郎・泉谷しげる・井上陽水によるオムニバス盤『クリスマス』があり、これはスタンダード曲のカヴァーとオリジナルが半々だったが、当初の期待を下回るセールスで、収録されたオリジナル・ソングも浸透したとは言い難い。姉妹フォークデュオのチューインガムが'74年に出した『クリスマス・ベスト・ヒット』には、自身のオリジナル「ひとりぼっちのクリスマス」の他に、小坂明子の父・小坂務が書いた「小さなクリスマス」、ヴェルディの歌曲に詞をつけた「孤独の煙突掃除」が含まれ、'77年にイルカが出した45回転LP『ボヘミアの森から』には、クリスマス・ソング中心のA面に、オリジナル「ママのお皿」が収録された。ユーミンは'78年の『流線型'80』に「ロッヂで待つクリスマス」、大滝詠一は'78年の『ナイアガラ・カレンダー』の中に「クリスマス音頭」を収録している。
シングルでは、'70年に出たベッツイ&クリスの「ホワイト・クリスマス」、オリジナル・ソングでは'79年の加藤登紀子・河島英五の「燃えろジングルベル」があるが、誰もが知るヒット曲となったのは、'79年に出た甲斐バンドの「安奈」で、甲斐バンドによるリメイク・ヴァージョンを含め、多くのカヴァーが作られた。決してクリスマスっぽさを前面に押し出した曲ではないが、80年代以降に増大してきたウィンター・ソングの予兆となった感もある。
変わり種のオリジナル・ソングとしては、'70年に東宝レコードから雷門ケン坊が出したシングル「怪獣のクリスマス」があるが、この東宝レコードからは、'76年に宝塚オールスターによる『たからじぇんぬのクリスマス』(タイトル曲は「ベルばら四強」と呼ばれた榛名由梨、汀夏子、鳳蘭、安奈淳によるオリジナル・ソング)、プロレスラーのサンダー杉山による、収録曲の半分がオリジナルの『サンダー杉山のクリスマス・ソング』が出ている(プロレスラーでは、’74年の『デストロイヤーの楽しいクリスマス』も忘れ難い)。
'76年の「パタパタママ」のヒットで知られる のこいのこが同年に出したシングル「御当地歳末大売出し/ロンリー・クリスマス」、このA面も暮れが近づくと商店街に現れるサンタの悲哀をテーマにした曲だった。この他、アニメ・子供番組系では、'70年のEP「ムーミンのクリスマス」、ムーミン+樫の木モック+仮面ライダー+超人バロム1のオリジナル・クリスマス・ソングを集めた'72年の「みんなのクリスマス」という企画EPや、『ピンポンパンのクリスマス』などがある。
全体としては混沌とした印象の、70年代の日本のクリスマス・ソング事情だが、これが80年代に入ると新たな活況を呈する。最大の要因は山下達郎の「クリスマス・イブ」の成功にあるのは言うまでもないが、'79年の「安奈」のヒット、そして'80年12月に出たユーミンのアルバム『SURF&SNOW』収録の「恋人がサンタクロース」、この曲の登場も大きなターニングポイントとなった。
南沙織「シンシアのクリスマス」写真提供:ソニー・ミュージックダイレクト
ソニーミュージック 南 沙織公式サイトはこちら>
http://www.sonymusic.co.jp/artist/SaoriMinami/
ベイビー・ブラザース「ジングルベル」ベッツイ&クリス「ホワイト・クリスマス」加藤登紀子・河島英五「燃えろジングルベル」甲斐バンド「安奈」雷門ケン坊「怪獣のクリスマス」『ムーミンのクリスマス』『ピンポンパンのクリスマス』山下達郎「クリスマス・イブ」ジャケット撮影協力:鈴木啓之
【著者】志賀邦洋(しが・くにひろ):1959年北海道生まれ。実家近くの幼なじみの家がレコード店だったので、小学生の頃からレコ屋に入り浸り。GSがきっかけで洋楽に目覚めるが、歌謡曲も並行して聞き続ける。企画モノのレコードやカヴァー好きが影響したのか、いつしかクリスマス・レコード集めの道へ。