話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、2月17日に行われた北京オリンピック・フィギュアスケート女子フリーで銅メダルに輝いた、坂本花織選手にまつわるエピソードを紹介する。
『個人でまさかメダルがもらえるとは思っていなかったので、びっくりだし、うれしすぎます』
~『中日スポーツ』2022年2月18日配信記事 より(坂本花織コメント)
「最強ロシア3人娘」こと、ワリエワ、トゥルソワ、シェルバコワのトリオに、ショートプログラム(SP)で3位と5位に食い込んだ坂本花織と樋口新葉の同学年コンビがどう立ち向かうか? そんな状況で始まった2月17日のフィギュアスケート・女子フリー。
この戦いは、ワリエワの「ドーピング疑惑」でも注目されていて、ワリエワの順位は暫定扱いに(ワリエワより下位の選手も自動的に暫定順位)。もし彼女が3位以内に入った場合、表彰式は行わないという決定がなされていました。
これはワリエワ以外の選手たちにとって酷な話で、選手たちは表彰台に立つことを目指してこの4年間、厳しいトレーニングを積んで来たのです。それが、自分に関係のない事情でなくなるかも知れないとは……。そんな微妙な空気のなか、坂本と樋口はフリーに臨みました。
SPで、女子では五輪史上5人目となるトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)に成功した樋口は、フリーでも再び成功。滑り終えた時点で総合点トップに立ちました。
樋口と同学年で同い年(21歳)の坂本は、樋口が自分のスケートに徹してしっかり結果を残したことに励まされたに違いありません。その後、トゥルソワが何と4回転を4種類・5本跳ぶという超高難度の技を連発してトップに。場内が興奮に包まれた直後に滑るのはやりにくかったはずですが、坂本の「自分のスケートに徹する」という意思には、いささかの揺るぎもありませんでした。
『何が起こってもプラス思考でいること。何が起きてもポジティブに変換することが、気持ちを落とさずに前向きに進んでいく方法』
~『中日スポーツ』2022年2月18日配信記事 より(坂本花織コメント)
ロシア勢の結果がどうであろうと、自分は前向きな気持ちでプログラムを完璧に滑りきるのみ……坂本は大舞台で、最大の集中力を発揮してみせました。トゥルソワのような大技こそありませんが、リンク全体を目一杯使って、飛距離と高さで魅せるジャンプを跳び、女性の強さを描いたテーマを演じきった坂本。高いGOE(=出来栄え点)を獲得し、滑り終えた時点でトゥルソワに次ぐ総合2位となったのです。
このとき、上位3人が座るグリーンルームにはトゥルソワ、坂本、樋口と日本人選手2人がいる状況になりました。残るはシェルバコワとワリエワの2人。シェルバコワも華麗な演技でトゥルソワを抜いてトップに立ち、4位となった樋口はグリーンルームを出ることになったのですが、このとき、坂本との間でこんなやりとりがありました。
『その際、「花織も4位になると思ったので新葉が出て行く時に“すぐに行くね”と言った」という坂本。しかし最終滑走のワリエワ(ROC)がジャンプで転倒を重ねて得点が伸びず、見事に銅メダルが確定。「すぐに行けなくて、びっくりみたいな」と話し、大爆笑を誘った』
~『スポニチアネックス』2022年2月18日配信記事 より
いつも完璧な演技で高得点を挙げて来たワリエワが、これまでに見たこともない崩れ方をしたのは、見ていて痛々しいものがありました。彼女も15歳。あれだけの批判が渦巻くなかで完璧に滑れという方が無理な話でしょう。
後味の悪さは残りましたが、そんな空気を吹き飛ばしてくれたのが坂本のとびきりの笑顔でした。フィギュア女子では、2010年、バンクーバー大会の浅田真央以来12年ぶりのメダリスト誕生。ロシア最強の3人を向こうに回してつかんだだけに、より価値のある銅メダルでした。
順位が確定すると、樋口と固くハグを交わした坂本。ともに「自分らしさ」を貫いて戦った同い年の2人。坂本あっての樋口であり、樋口あっての坂本なのです。ワリエワが坂本の得点を下回って4位になったことで、表彰式も無事開催されることに。
歓喜から一夜明け、18日に行われた会見では、坂本からこんな発言が飛び出しました。
『ロシアの選手は毎年、4回転を跳んでくる選手が滞りなく出てきて、毎回、それに驚かされて。でも、自分より上にいる選手と同じ大会で一緒に戦えるのは凄くありがたい環境だし、やっぱり毎回“4回転は必要なんだな”と感じるので。ロシアは常に追いかけさせてくれる存在なのかなと思います』
~『スポニチアネックス』2022年2月18日配信記事 より
演技の完璧さだけを追求してもロシア勢には勝てないと、さらに上を目指す坂本。正直、トゥルソワの超難度の演技を見たあとに、坂本の演技を見ると「別の競技なのではないか」という錯覚すら覚えます。これからの4年間で、その差をどういう形で埋めて行くのか? 次への戦いはもう始まっています。
『4年後は25歳。25歳でもまだまだ跳べそうだなと思って。この五輪が決まる前から、次の五輪が目指せるぐらい頑張ろうと思えるようにもなっていたので。4年後のミラノも目指していきたい』
~『スポニチアネックス』2022年2月18日配信記事 より(坂本花織コメント)