歌謡曲 ここがポイント! チャッピー加藤(ヤンヤンハイスクール講師)
最近、ますます注目されている昭和歌謡。
この講座では、日本人として最低限覚えておきたい歌謡曲の基礎知識を、わかりやすく解説していきます。
9月に入って早々、残念なニュースが飛び込んできました。ヤマハが運営するリゾート施設「つま恋」が、今年のクリスマスで営業を終了するそうです。
「つま恋」といえば、「ポプコン」(ヤマハポピュラーソングコンテスト)の会場でもありました。中島みゆき、長渕剛、八神純子、世良公則&ツイスト、チャゲ&飛鳥、クリスタルキング…挙げていくとキリがありませんが、YouTubeのような発信手段がない時代に、アマチュアの優秀な若い才能をすくい上げ、日本の音楽シーンの地平を拡げた功績は計り知れません。
ニッポン放送は、ポプコンと連動した番組『コッキーポップ』を平日深夜に放送。ポプコン出身者の曲を連日オンエアしており、私もリスナーとして毎日聴いていましたが、いま振り返ると、女性アーティストの曲に印象的な佳曲が多かったような気がします。今回は、いま改めて聴いてほしい「ポプコン出身女性シンガーの隠れた名曲」を見ていきましょう。
1978年秋、第16回ポプコンに出場。圧倒的な歌唱力で注目され、『傷心』で優秀曲賞を受賞したのが大友裕子です。
当時はニューミュージック全盛期でしたが、彼女はその範疇にはまらないアーティストでした。書く詞も「二人なら死んでもいいと思った」など、情念の籠もったものばかり。しゃがれ声での絶唱はいまだに強く記憶に残っています。
ちなみに、このときのポプコングランプリ曲は円広志『夢想花』でしたが、インパクトで言うと、私はむしろ『傷心』推しです。「世界歌謡祭」でも最優秀歌唱賞に選ばれ、この曲でレコードデビューを果たしますが、82年、結婚のため活動期間わずか3年ほどで惜しまれつつ引退しました。ラストシングルが、飛鳥涼が作詞した『ボヘミアン』。これは翌年、同じポプコン出身の葛城ユキがカヴァーし大ヒットしましたが、オリジナルは大友裕子なのです。
ポプコンは名古屋とも深い縁がありました。八神純子は名古屋の医療機器メーカーの社長令嬢ですし、あみんの二人は名古屋の女子大生。雅夢、アラジンも名古屋の大学で結成されました。名古屋人の私としては誇らしい限りです。
82年春、あみんが『待つわ』でグランプリに輝いた第23回ポプコンで、優秀曲賞を受賞したのが、名古屋生まれ・犬山市育ちのシンガーソングライター、明日香です。
当時は名古屋音楽大学の学生で、ピアノを専攻していましたが、ピアノ弾き語りによる『花ぬすびと』は、美しいイントロから、静かな語りで始まり、サビの「二度咲き 夢咲き 狂い咲き」へと、たたみ込むような展開で進行。花を題材に恋愛を描いた詞も素晴らしく、ポプコン史上屈指の傑作と言っていいでしょう。原曲は中学生のときに書いたというから驚きです。
明日香はこの曲で世界歌謡祭グランプリに輝き、高井真巳子に『メロディ』を作曲するなど楽曲提供も行っていましたが、2013年、がんのため49歳の若さで逝去したのは残念でしたが、もっと記憶に留めるべきアーティストです。
さらに翌83年春、第25回ポプコンでは、名古屋の女子高生がグランプリを受賞しました。磨香(まこう)というアーティスト名は本名で、フルネームは壁沢磨香。受賞曲『冬の華』は本人の作詞・作曲ですが、ピアノとバイオリンだけの簡単な構成にもかかわらず、大正時代を思わせる独特のムード、そして片目だけしか見せていないミステリアスなジャケット…また凄い才能が名古屋から出て来たなとゾクゾクしたのを覚えています。今でも通用、というより、逆に今の方が受けそうな名曲で、即アニメ主題歌に採用されそうです。高校生とは思えないクオリティの高さには驚くほかありません。
しかし…これだけの才能を持ちながら、彼女がリリースしたのはこの一曲だけ。その後、表舞台からは一切姿を消してしまいました。どんな事情があったのか分かりませんが、消息を知りたいところです。他にもポプコン出身者の名曲はたくさんありますので、この機会にぜひ聴いてみてください。
「ポプコンが生んだ名曲」ここがポイント!
<ポプコン出身・女性シンガーソングライター>
・柴田まゆみ『白いページの中に』(1978春 第15回入賞)
…本人はこの曲だけで引退したが、後に様々な歌手がカヴァーした名曲。
・相曽晴日(あいそはるひ)『コーヒーハウスにて』(1980秋 第20回入賞)
…15歳でポプコン入賞した天才少女。現在も活動中で、美声は健在。
・辛島美登里『雨の日』(1983秋 第26回グランプリ)
…この人もポプコン出身。大学在学中にグランプリ受賞、この曲でデビュー。
【チャッピー加藤】1967年生まれ。構成作家。
幼少時に『ブルー・ライト・ヨコハマ』を聴いて以来、歌謡曲にどっぷりハマる。
ドーナツ盤をコツコツ買い集めているうちに、気付けば約5000枚を収集。
ラジオ番組構成、コラム、DJ等を通じ、昭和歌謡の魅力を伝えるべく活動中。