日本最古のロックバンドが忌野清志郎MCでフジロック出演

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日本最古のロックバンドが忌野清志郎MCでフジロック出演

今から49年前の今日、1968年9月1日はザ・ゴールデン・カップスの4枚目のシングル「愛する君に」がリリースされた日である――と、1年前の同日の記事をそのまま引用(48年前から49年前には変更している)したが、ザ・ゴールデン・カップスは現役である。日本の音楽史に名を留める日本最古のロック・バンドだが、その歴史はいまも続く、まさに現在進行形だ。

2017年は、ザ・ゴールデン・カップス・デビュー50周年。それを記念して、3月3日(金)には東京・赤坂BLITZで、『ザ・ゴールデン・カップス デビュー50周年記念コンサート』が開催されている。

そして、“50周年”には続きがある。7月28日(金)から30日(日)まで、新潟県苗場スキー場で開催された『FUJIROCK FESTIVAL’17』、2日目、29日(土)の「FIELD OF HEAVEN」のステージにザ・ゴールデン・カップスが出演したのだ。

今年は3日間とも雨天で、時には豪雨もありという“雨のフジロック”に相応しい天候状況の中、ザ・ゴールデン・カップスが登場。MCを務めるのは忌野清志郎。彼は「ゴールデン・カップスは僕の青春です!」と叫ぶ。これは忌野が彼らと共演した時の音声だという。

彼らが演奏したのはフランク・ザッパが79年にリリースした2枚組アルバム『Joe's Garage: Acts II & III』収録のインストゥルメンタル「ウォーターメロン」(WATERMELON IN EASTER HAY)。ドキュメンタリー映画『ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム』製作のために2003年、横浜クラブ・マトリックスで行われたザ・ゴールデン・カップスの 再結成コンサートのライヴ・アルバム『ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム』にも収録されている。いきなり、ブルースやR&Bへいかないところが大人のゆとりか。

続いてはジミー・ロジャーズの「ウォーキング・バイ・マイセルフ」(WALKING BY MYSELF)、バターフィールド・ブルース・バンドの「絶望の人生」( I GOT A MIND TO GIVE UP LIVING)、クリームの「ストレンジ・ブルー」(STRANGE BREW)と、畳みかける。カップスらしいブルース、R&Bの世界へ観客を引きずりこんでいく。芸歴50年は伊達ではない。継続するもの故のリアルがそこにある。コピーやオリジナルを超え、本物のみが持つ粋や鯔背、凄みや深みがあるのだ。

そして、「ジス・バッド・ガール」(THIS BAD GIRL)、「過ぎ去りし恋」(Goodbye My Love)というカップスのオリジナルが続く。「ジス――」はルイズルイス加部とケネス伊東、「過ぎ去りし――」はケネス伊東とエディ潘が作ったナンバーだが、ともに歌詞は英語である。甘いマモル・マヌーの歌声、ライト&メロウなミッキー吉野のキーボード、唸るようなルイズルイス加部のベース、洗練の極みのエディ潘のギター、そして、彼らを支えるサポートの富岡“GRICO”義広の轟音ドラムがザ・ゴールデン・カップスの世界を極彩色に輝かす。

さらに、ラストへ向かい、ロバート・ジョンソンのナンバーで、バターフィールド・ブルース・バンドもカヴァーした「ウォーキンブルース」(WALKIN' BLUES)、リトル・リチャードのナンバーで、エヴァリー・ブラザーズもカヴァーしている「ルシール」(LUCILLE)という波状攻撃。気づくと、ステージ前には激しい雨にも関わらず、世代、性別、国籍を超え、多くのオーディエンスが駆け付け、ダンスを踊る。ステージからステージへ移動するつもりがカップスの魅力に抗しきれず、立ち去りがたく、その場にいついてしまったものばかり。アンコールを求める歓声と拍手が巻き起こる。

ザ・ゴールデン・カップスの“フジロックへの凱旋”を誰もが祝福しているかのようだ。芸歴50年のベテランだが、フジロックではニューカマー。そんな彼らをフジロッカーが歓迎する。アンコールは「モジョ・ワーキング」(I GOT MY MOJO WORKING)。マディ・ウォーターズのナンバーにして、バターフィールド・ブルース・バンドがカヴァーし、カップスもファースト・アルバム『ザ・ゴールデン・カップス・アルバム』とライヴ・アルバム『スーパー・ライヴ・セッション』にも収録の彼らの十八番だ。

“SIDE A”ではなく、“SIDE B”。「長い髪の少女」も「いとしのジザベル」も「愛する君に」もない、R&B、ブルース、ブルース・ロック一辺倒の純度100%の“2017年のブルース・メッセージ”。エディ潘はこの日、彼らの後に同じステージで演奏するエルビン・ビショップがいたバターフィールド・ブルース・バンドから影響を受けたことをMCで、触れていたが、“時間差共演”は偶然か、必然か。GS(グループサウンズ)の一言では括れないカップスの奥行と奥深さを見せつけたのではないだろうか。日本最古のロック・バンドにして、そのモードはブルースやブルース・ロック復古とも呼応し、最新のものとも共振していく。

終演後、短い時間ながら、カップスが現在所属する、アルタミラピクチャーズ(『ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム』でお馴染み、その時の縁が現在まで繋がる)の音楽部門、アルタミラミュージックのご厚意で、ホスピタリティ・エリアで、彼らに話を聞くことができた。

ルイズルイス加部が「昔のウッドストックを思わせる」というフジロック。エディ潘は「無事に終わってよかった。バンド歴は長いんですけど、正直いって、僕自身は無事に終えるか、不安もあった。練習も1回しかやってなくて。それまで樋口晶之というドラマーがいて、しっかりサポートしてもらっていたんですけど、先月、残念ながら亡くなってしまい、そういう事情もあって……いま、ほっとしています」
2003年の復活以来、カップスをサポートしてきた元クリエイションの樋口の急逝。彼の不在は大きなものだが、メンバーも彼のことを思いながらステージを務めたのではないだろうか。

その出演に関しては心期すものもあったようだ。エディ潘は「昔からのバンド仲間、ジョー山中のフラワーズ(フラワー・トラベリン・バンド)が、10年前くらいにフジロック(2008年に出演)へ出たけど、羨ましかったよ。いいなー、フジロック出るんだ。今回、出していただいて、非常に良かった。みんな、喜んでいますよ。ひとつ、これからの記念の通過点になる」と、喜びを語る。

実はミッキー吉野とフジロックは因縁浅からぬものがある。フジロック・フェスティバルの創始者であり、SMASHの代表である日高正博はゴダイゴのスタッフでもあった。日高から「カップスはいいけど、ゴダイゴはダメだ」と、ミッキー吉野は言われたという。ロック・フェスだからゴダイゴは向いてないと判断されたようだ。『ワンモアタイム』時にも出演できたらいいなという話をしていて、日高からもいいよと言ってもらっていたそうだ。「それがやっと、実現したい」という。「フジロックに出るというと、みんなから、すごいですね、おめでとうございますと、言われて、まるで『紅白歌合戦』にみたいじゃない。そんな感じでしょう。ロックのステイタスだからね」と、ミッキー吉野は続けた。

また、今回の選曲も日高の要望だという。エディ潘は「日本語の曲はやらないでくれというリクエストが来たんですよ。ゴールデン・カップスといったら多少、ヒットもありますし、日本語入り混じりで、と思っていたら、いや、フジロックは英語で歌ってくれ」と言われたそうだ。

ミッキー吉野は「基本的にグループサウンズのお客さんではないので、今日の選曲で良かった。段々、一緒になれた感じがして、良かったよね。ああいう感じって、いいじゃん」という。

「感覚は一緒ですよね。全然、年齢とか、関係なく、そういったものを超越していた。“フィーリング”というと、古い言葉だけど、客席と一体となれた。本当に貴重な時間を過ごさせていただいた。ありがたいこと」(エディ潘)

因縁めいた話を続けると、エディがMCでもいっていたが、エルビン・ビショップとの“共演”である。
「エルビン・ビショップの曲、結構、やっていたんだよ。バターフィールド・ブルース・バンドというより、彼がソロになって始めたエルビン・ビショップ・グループの曲を2、3曲(エルビン・ビショップ・グループが1969年にリリースしたファースト・アルバムに収録されている「Honey Bee」など)。ポップ・ブルース。ポップさがカップスに合っている。今日、苗場に来て、最初にやったのは“エルビン・ビショップ”“ゴールデン・カップス”って、(「FIELD OF HEAVEN」)の)バックステージの楽屋に貼ってあって、そこの写真を撮った。楽屋が一緒なんだよ。僕らが終わった後にエルビン・ビショップが入る。ミーハーだけど(笑)」(ミッキー吉野)

来年はデビュー51周年(!)になる。日本最古のロック・バンドの勢いは止まりそうもない。ミッキー吉野は「こういう野外のステージはいいよね。結構、全国にあるじゃない。だから宣伝しておいてください、いつでもオファーがあればやるって。仕事があれば活動は続けられる」という。勿論、フジロックもである。来年も「生きていればね(笑)」(マモル・マヌー)、また、やりたいという。

私としては、来年あたりはゴールデン・カップスだけでなく、カップスとゴダイゴのステージを掛け持ちするミッキー吉野の“雄姿”を見てみたい。フジロックにはコーネリアスやブラフマンなど、“ゴダイゴ・チルドレン”もたくさん出ている。彼らとコラボしつつ、ゴダイゴのロック大作の披露はどうだろうか。

【著者】市川清師(いちかわ・きよし):『MUSIC STEADY』元編集長。日本のロック・ポップスに30年以上関わる。同編集長を退任後は、音楽のみならず、社会、政治、芸能、風俗、グラビアなど、幅広く活躍。共著、編集に音楽系では『日本ロック大系』(白夜書房)、『エンゼル・ウィズ・スカーフェイス 森山達也 from THE MODS』(JICC)、『MOSTLY MOTOHARU』(ストレンジデイズ)、『風のようにうたが流れていた 小田和正私的音楽史』(宝島社)、『佐野元春 SOUND&VISION 1980-2010』(ユーキャン)など。近年、ブログ「Let's Go Steady――Jポップス黄金時代 !」で、『MUSIC STEADY』を再現している。 http://ameblo.jp/letsgosteady/
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