【大人のMusic Calendar】
本日12月18日は、日本を代表するシンガー、布施明の誕生日。1947年生まれなので、なんと古希を迎える。
高校在学中に、日本テレビのオーディション番組『味の素ホイホイ・ミュージック・スクール』に合格し、渡辺プロダクションにスカウトされる。この時、同じ番組出身の望月浩も渡辺プロに所属、どちらか1人を採用してほしいと売り込まれた東芝音楽工業の草野浩二ディレクターは、アイドル的ルックスだった望月を即戦力として採用し、後々布施から冗談めかして「あの時、僕を選んでくれれば良かったのに」と言われたそうである。結果、布施はキングレコードに所属することになり、65年「君に涙とほほえみを」でデビューする。
伸びのある美声と豊かな声量を持つ布施明は、イタリアのカンツォーネを好み、時に明朗に大らかに、時に悲劇的に歌い上げるスタイルはデビュー当初から確立されていた。キングレコードはザ・ピーナッツを擁する関係から渡辺プロダクションとの関わりも深く、渡辺プロ所属で作曲家活動に入っていた平尾昌晃のソロ楽曲「おもいで」を66年にカヴァーしてヒットに結びつける。平尾はキングで梓みちよ、伊東ゆかり、じゅん&ネネらに多数楽曲を提供しているが、布施もその1人で、本格的に布施がブレイクしたのは66年の「霧の摩周湖」の大ヒットだった。これに続く「恋」、68年の「愛の園」70年の「愛は不死鳥」など、布施の初期のヒット曲はほとんど平尾が手がける作品であった。
もともと洋楽指向の強かった布施は、グループ・サウンズ全盛時代にも独自の世界を築いてきたが、70年代に入るとその方向性はより明確になる。現代の和モノファンが発見し、近年CD再発もなされたアルバム『布施明がバカラックに会った時』では、バカラックの本家A&Mスタジオで録音を敢行、バカラック書き下ろし曲も含めた名曲群を歌い上げている。これが1971年のことだが、同年3月には柳田ヒロ、水谷公生、寺川正興、チト河内ら凄腕メンバーが集ったニューロック系バンド「LOVE LIVE LIFE」を従えてのファンキーなステージを展開したライヴ・アルバム『日生劇場の布施明』を発表。逆に彼らのアルバム『LOVE LIVE LIFE+1』では、その“+1”として布施がヴォーカル参加するなど、かなりロック的なアプローチも試みている。同時にチト河内の実兄でともにハプニングス・フォーで活動していたクニ河内の詞曲による洗練の名バラード「そっとおやすみ」も発表しており、さらにはその後、布施の代名詞となった「マイ・ウェイ」のカヴァーも72年にリリース、73年にはフランスのル・マンを映像化した日活映画『陽は沈み陽は昇る』の、ニーノ・ロータが書き下ろした主題歌も歌っており、70年前後の布施明は、日本でもっとも洋楽センスに長けたシンガーであった。
「積木の部屋」にはじまる70年代中盤のフォーク期は、「シクラメンのかほり」の大ヒット、自作曲「落葉が雪に」など、セールス的には最も成功した時期であるが、フォークといっても四畳半フォーク的なものではなく、愛の喜びや悲しみを圧倒的な歌唱で歌い上げている。フォークを歌ってもゴージャスになってしまう点が、布施明ならではといえるだろう。「シクラメンのかほり」の作者・小椋桂バージョンや、大塚博堂が提供した(というより大塚本人との競作)78年の「めぐり逢い紡いで」など作者と布施バージョンを聞き比べるとその違いがわかる。布施明のバージョンは、ヨーロピアンの香りが漂うのだ。
カネボウ化粧品のCMソングとしてスマッシュ・ヒットを記録した「君は薔薇より美しい」もまた布施明の代表曲の1つだが、ちょうど「ガンダーラ」の大ヒットでメジャー・シーンに躍り出たゴダイゴのミッキー吉野が作編曲を手がけており、時代のトレンドをいち早くキャッチし、それを表現できる才能と実力がシンガー布施明の大きな魅力の1つでもあった。日本人にはなかなか馴染まない「キザでダンディで男前」な布施のキャラクターは、この曲のタイトルに符号しているといえよう。こんな言葉が様になる男性は、この時代に布施明を置いてほかにいなかったのだ。
82年にフィリップスに移籍後は、アルバム『カリフォルニア・シーズンズ』などAOR、シティ・ポップ路線でも秀逸な作品を発表している。ことに70年代中盤からアレンジや作曲で携った林哲司の仕事は、その後布施が自然な形でシティ・ポップ方向に舵を切って行ったことと無縁ではないだろう。デビューから実に52年、いまだその歌唱力は衰えることなく、ダンディでゴージャスな魅力も変わらず、孤高の存在感を発揮している。
※布施明「シクラメンのかほり」「君は薔薇より美しい」写真撮影協力:鈴木啓之
【著者】馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70~80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。