芥川賞選考委員・作家の島田雅彦 小説界のリアルな姿を語る

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「須田慎一郎のニュースアウトサイダー」(11月24日放送)に、作家の島田雅彦が出演。幅広い制作活動や最新作『絶望キャラメル』について、小説家の世界のリアルな姿なども交えて語った。


小説だけでなく、戯曲やオペラの台本も。様々なジャンルで活躍する島田雅彦最新作『絶望キャラメル』

東島)島田雅彦さんは、1961年、東京のご出身です。東京外国語大学を卒業、ロシア語を専攻なさっていました。大学在学中に『優しいサヨクのための嬉遊曲』で作家デビューされます。その後、数々の文学賞を受賞されて、2010年から芥川賞選考委員となられています。文筆活動は小説に限らず、戯曲・オペラの台本・翻訳・随筆など、幅広くファンを魅了し続けていらっしゃいます。現在は法政大学国際文化学部の教授でもいらっしゃいます。

須田)実は共通項がございまして、同い年に生まれているのです! そう見えないでしょう?(笑)しかも私、実は「島田さんがうらやましいなぁ、こういう人になれならなぁ」と思う点がありまして。何かと言うと、大学在学中に出版された処女作がものすごく評判がよい点なのです。『優しいサヨクのための嬉遊曲』。我々1960年代生まれ、1980年代に大学に入った人間にとってみると、左翼活動・学生運動というものがある種のあこがれだったのですよ。ところが出遅れたと言いますか、安保闘争や学園闘争など、あらかた終わってしまっていた。あと10年早く生まれていたら、という状況のなかで出て来たのがこの本でしたから、我々の世代にはものすごく読まれて。しかも左翼を「サヨク」と書いたパイオニア的存在だと思いますし、左翼陣営と物議を醸して批判も浴びたのではないかと思いますが、それにしても早熟でしたよね。

島田)アーティスト志向の人達や、スポーツマンも割と早熟ですよね(笑)。英才教育をうけて、中学生の頃から世界大会に出場するとか…。アーティストというものもある程度早熟でないと。子供の頃から、一種の専門教育につながるものをみっちりやらないと大成しないということもあります。

須田)活動の中身を見ますと、「小説家」という肩書に収まらないような活動をされているではないですか。特にオペラに対しての造詣の深さ。これはどういったところから出て来たのでしょうか?

島田)ずっとクラシックファンでしてね。昔の日本では、本格的な海外の有名オペラハウスの引っ越し公演などは、非常に少なかったのです。ですから、古いリスナーはラジオやレコードを通じて聴いていました。やっと経済が回転する時代になると、円高になって来て、海外のオペラも見られるようになったのです。ですので、私はずっとラジオやレコードでオペラを聞いていたのですよ。

須田)嬉しいことを言っていただけますね(笑)。最新の著作もあるのですよね?

東島)そうなのですよ、『絶望キャラメル』というタイトルでして! この作品は、絶望の町「葦原」が舞台になっているのですが、じっくり読ませていただくと何だか実在している町のような、それくらいの感覚になったのです。色味で想像するとモノクロというか、色がついていないような町なのに、登場人物がものすごく活き活きとしているので、そのギャップに引き込まれながらいま読んでおります。


純文学と大衆小説の違いは、予定調和かどうか。ハリウッド映画にも定型がある?

須田)小説家の方にぜひ伺いたいと思っていたことがあるのですが、純文学というものは、我々素人から見るとどのように理解したらよいのでしょうか? 純文学と大衆小説の違いが、はっきり言ってよくわからないのです。

島田)簡単に言うと、予定調和か、予定調和が通じないかの違いです。

須田)余計分からなくなってきた(笑)。

島田)一応、ストーリーテリングには大きく起承転結があって、そのなかに盛り込まなくてはいけない要素、展開のフォーマットというものがあります。そのフォーマットをきっちり守った方が、エンターテインメントとしては成功しやすい。ハリウッド映画なんかも、この形式は割と踏襲しています。一方で純文学は、そのフォーマットそのものにも手を入れると言いますか、これとは違うやり方にトライ・実験をする。その違いですかね。あと、やはり自己批評などがあるか、読者を完全に酔わせる・楽しませるということに職人技として徹するか。このあたりの違いもあると思います。

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須田慎一郎のニュースアウトサイダー
FM93AM1242ニッポン放送 日曜 18:50-19:20

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