菅野智之 五輪代表に懸ける「特別な思い」

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は東京五輪野球日本代表(侍ジャパン)のメンバーに選出された、巨人・菅野智之投手の東京五輪に懸ける思いにまつわるエピソードを取り上げる。

菅野智之 五輪代表に懸ける「特別な思い」

【プロ野球巨人】会見に臨む巨人・菅野智之=2021年6月16日 ジャイアンツ球場 写真提供:産経新聞社

6月16日、侍ジャパン・稲葉篤紀監督が会見し発表された、東京五輪・野球日本代表メンバー24選手。2019年、稲葉監督のもと世界一を達成した「プレミア12」のメンバーから合計10人が選出(うち広島・會澤翼は故障で選出後辞退)された一方で、新人離れした活躍を見せている阪神・佐藤輝明、楽天・早川隆久は選ばれず、交流戦終了時に打点リーグトップ・本塁打リーグ2位の巨人・岡本和真も外れました。

今季(2020年)本調子とは言いがたい選手や、故障上がりの選手が何人か選ばれたことに疑問の声も上がりましたが、東京五輪金メダルを見据え、「プレミア12」で志をともにして戦ったメンバーを中心に戦いたい、という稲葉監督の意思を明確に示した人選です。これはこれで1つの決断であり、プレミア12より少ない「24人」という制限のなかで、熟慮した上でのこと。指揮官の手腕と、選手の奮起に期待する他ありません。

その「本来の調子ではない選手」の1人が、侍のエース格である巨人・菅野智之です。選出直後、こんなコメントを発表しました。

『本当にうれしい。特別な思いがありますし、1つの目標でもあったので身が引き締まる思い。任された試合は絶対勝つんだという気持ちで投げていきたい』

~『日刊スポーツ』2021年6月16日配信記事 より(菅野智之コメント)

しかし、今季の菅野は、ここまで8試合に登板したものの2勝4敗。昨季(2020年)リーグ連覇に貢献した反動もあってか、今季は開幕直後に脚部の違和感、5月には右ヒジなどの違和感で戦線を離脱。6日の日本ハム戦で復帰登板を果たし、交流戦で2試合に登板しましたが、いずれも黒星を喫しています。13日のロッテ戦では序盤に4失点、今季最短の2回2/3でKOされました。

巨人ファンならずとも、この不調は気になるところですが、侍メンバーに選出された直後、「登録抹消」が発表されました。いまのコンディションのまま無理に投げ続けても調子は上がらない。ならばいったんローテーションから外れて、再調整してからペナントレース、東京五輪を戦おう、という菅野の意気込みを感じます。再登録は26日からで、早ければ27日のヤクルト戦(神宮)から復帰を目指します。

菅野はプロ入り後、日本代表として2度、国際大会に出場しています。最初がプロ3年目、2015年に出場した「第1回プレミア12」で、このときは2試合に先発。1次ラウンドの米国戦で4回2失点(チームは勝利)。3位決定戦のメキシコ戦では3回1失点で勝ち投手になりましたが、世界一の座は逃しました。

このとき頂点に立てなかった悔しさをぶつけたのが、2017年、レギュラーシーズン開幕前に行われた「第4回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)」です。この大会で菅野は3度先発。いずれも勝敗はつきませんでしたが、準決勝の米国戦は、雨が降りしきるドジャースタジアムのマウンドで、年俸総額130億円超の強力打線を相手に6回1失点(自責点は0)、6奪三振と好投を見せました。以下、当時の記事から、菅野のピッチング内容とコメントです。

『登板最終回の6回2死。アレナドを2ナッシングに追い込み、最後はアウトローへの153キロ直球で見逃し三振に斬り捨てた。気合十分のガッツポーズでベンチに引き揚げる。「こういう大一番で自分の力をしっかり出せたのは自信になっていくと思う。でも裏を返せば、1試合いい投球をしただけなので。言えることは、今日の試合は野球人生で最高の経験になった」』

~『日刊スポーツ』2017年3月23日配信記事 より

また、対戦相手の指揮官も菅野を絶賛しています。

『敵将も目を見開いた。米国リーランド監督は「彼はメジャーリーガーだ。どれくらい印象に残ったかを伝えられないほどだ。本当にいい。速球は外角のコーナーに制球できるし、カウント3-0からでもスライダーを投げる。とても印象的だった」と絶賛。メジャーでも十分に通用すると太鼓判を押された』

~『日刊スポーツ』2017年3月23日配信記事 より

世界一を目指し、敵地でメジャーリーガーたちと真剣勝負を行った経験は、菅野にとってかけがえのない財産になりました。またあのときのような、しびれるような勝負を味わいたいとメジャーへの思いが強くなったことは言うまでもありません。

そして、菅野にはまだ「世界一」の経験がありません。日本が頂点に立った2019年の「プレミア12」は、この年のシーズン終盤に腰を痛めた影響でメンバーから外れたため、その輪に加わることができなかったのです。それだけに、野球が正式競技に復帰した東京五輪に懸ける思いは並々ならぬものがありました。

本来であれば、昨年(2020年)に行われるはずだった東京五輪で金メダルを獲得し、巨人を優勝させ、ポスティングでメジャー移籍……という夢を抱いていた菅野。ところが新型コロナ禍で五輪は1年延期に。もし昨年のオフにメジャー移籍が決まっていれば、おそらく五輪出場は断念せざるを得なくなったでしょう。

ところが、これも新型コロナの余波で、菅野側が納得できる条件でのオファーがなく、菅野は巨人残留を決断。同時に五輪出場のチャンスが再びめぐって来たわけです。五輪開催についてはまだ予断を許さないところがありますが、行われるなら是が非でも出たい、というのは菅野にとって当然の感情です。

稲葉監督はその「世界一への強い思い」を買って、一昨年(2019年)の「プレミア12」のメンバーではない菅野を選出。田中将大と並ぶ投手陣のリーダーと位置づけました。

『今回のメンバーのうち、プレミアで戦ってくれた選手たちは、ジャパンに対する思いが強いと感じている。新しい選手も入っているが、日の丸を背負うことに対して熱い思いを思った選手の集まりだと思う。みんなが集まった時、僕からまたそういう話をさせてもらって、結束して戦っていきたい』

~『Full-Count』2021年6月17日配信記事 より(稲葉監督コメント)

現在の調子よりも、選んだ選手たちの「思い」を優先した、今回の侍ジャパンメンバー。稲葉監督自身も、選手として出場した2008年の北京五輪でメダルを逃し、悔しい思いを味わった1人です。今回の選択が吉と出るか凶と出るか、このメンバーで行くと決まった以上は黙って見守るしかないですが、同じ思いを共有するメンバーだからこそ醸し出せる「一体感」。その力に期待したいところです。

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