25年ぶりV オリックス・中嶋監督の“選手を信じる力”

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、10月27日に25年ぶりのリーグ優勝を決めたオリックスバファローズ・中嶋聡監督にまつわるエピソードを取り上げる。

25年ぶりV オリックス・中嶋監督の“選手を信じる力”

【プロ野球オリックス】優勝を決め、胴上げされるオリックス・中嶋聡監督=2021年10月27日 京セラドーム大阪 写真提供:産経新聞社

ヤクルトが6年ぶりのセ・リーグ制覇を決めた翌日、10月27日に、今度はオリックスが25年ぶりのパ・リーグ制覇を決めました。オリックスは12球団で最もリーグ優勝から遠ざかっていましたが、イチローのサヨナラヒットで連覇を決めた1996年以来久々に、歓喜の瞬間を迎えたわけです。

今回の優勝は、オリックスがマジックを1度も点灯させないまま、先に全日程を終え、ロッテの戦いを見守るという形になりました。ロッテが優勝するには、残り3試合を2勝1分け以上、負けたらアウトという厳しい条件でしたが、こちらは自力。他力のオリックスは「待つ」しかなく、ファンとしてはヤキモキしたことでしょう。

楽天-ロッテ戦が行われた27日、オリックスは観客のいない京セラドーム大阪に選手・首脳陣が集まり、ユニフォームを着てベンチで待機。全員が場内のビジョンでロッテ戦の行方を見つめる模様を、球団の公式YouTubeチャンネルで生中継しました。そのタイトルが「全員で待つ!!」……さすが、ファンの気持ちがよくわかっています。

優勝を決めた瞬間、動画横のウィンドウを激しく縦スクロールさせたツイートの嵐は、25年間、じっと耐えて待ったファンの喜びを象徴するものでした。25年前に神戸でリーグ優勝を決めたとき、選手としてベンチにいた中嶋聡監督は、優勝会見でファンにこんなメッセージを送っています。

『お待たせしました。おめでとうございました、とお伝えしたい』

~『日刊スポーツ』2021年10月27日配信記事 より

このコメントを聞いて「ああ、中嶋監督は他人の気持ちがよくわかる人だなあ」と思いました。25年という歳月は、四半世紀。結構な年月です。「おめでとうございました」は本来、ファンから贈られる言葉。中嶋監督があえてこの言葉を使ったのは、チームが長く低迷しても、辛抱強く応援を続けてくれたオリックスファンに、心から感謝しているがゆえです。

思えば昨季(2020年)のオリックスは、西村徳文監督がシーズン半ばの8月20日に辞任を表明。その時点で借金17。首位と12ゲーム差の最下位に沈んでいたためで、事実上の解任でした。

その後を受け「監督代行」として残り67試合の指揮を執ったのが、当時2軍監督だった中嶋監督です。1986年、ドラフト3位でオリックスの前身・阪急ブレーブスに捕手として入団。上田利治監督の下でプレーし、オリックス・ブルーウェーブ時代には仰木彬監督の薫陶を受けました。

その後、西武・横浜・日本ハムと渡り歩き、2015年、46歳で引退するまで29年間プレーを続けた中嶋監督。西武時代の1999年には、松坂大輔のデビュー戦でマスクをかぶり、日本ハム時代には、ダルビッシュ有や斎藤佑樹ともバッテリーを組んでいます。

2019年から古巣・オリックスに2軍監督として復帰。1軍監督代行に昇格すると、1・2軍の入れ替えを積極的に行って、過去の実績にとらわれず状態のいい選手を優先して起用。全員にチャンスを与えました。

1軍指揮官に昇格する際、中嶋監督が「一緒に行くぞ」と声を掛けたのが、当時29歳の杉本裕太郎です。青山学院大からJR西日本を経て、2015年のドラフトで10巡目指名を受け入団した杉本。190センチの巨体を武器に、ファームで成績を残しながら、1軍からはなかなかお呼びが掛かりませんでした。

長打力、勝負強さ、強肩など、その潜在能力を見抜いていた中嶋監督は、杉本を1軍に昇格させた当日、すぐにスタメンで起用。杉本は同点の2点タイムリーを放ち、みごと期待に応えてみせました。

最終的に、2年連続最下位に終わったものの、昨季はわずか2本塁打だった杉本が、今季は4番に座り、打率.301、32本塁打、83打点と大活躍。今年30歳、超遅咲きのブレイクは、中嶋監督が指揮官でなければあり得なかったでしょう。

また、高卒2年目の宮城大弥と紅林弘太郎の大活躍も見逃せません。20歳の宮城は開幕からローテに入り13勝。19歳の紅林はショートのレギュラーに定着。2ケタの10本塁打を放ち、クリーンアップも務めました。

昨年のシーズン終盤、中嶋監督は2人を1軍に上げ、11月6日のホーム最終戦で宮城はプロ初勝利を飾っています。その試合で決勝打を放ったのが紅林でした。2人が今季ブレイクしたのは、中嶋監督がこうした「種まき」を行っていたからでもあります。優勝会見で、新戦力の台頭について聞かれた指揮官は、こう答えました。

『本当に戦力と思ってみていましたし、どこまでやれるかは分からなかったが、戦力の中でもとびきりの戦力だったというのが本当にうれしい。持っているものを全員が10%、20%力を付けてくれたのかなと思います』

~『スポニチアネックス』2021年10月27日配信記事 より

多少の失敗には目をつむり、辛抱強く起用を続けられたのは、自分の目で直接、選手を見極めて来たからでもあります。一方、2軍落ちする選手に対しては、降格理由をコーチに伝えさせるのではなく、自分の言葉で選手に説明。選手も腐らずに、次のチャンスに備えてファームで練習に励む、という好循環が生まれました。

こうしてチームを活性化することで、選手の能力を伸ばし、戦いながらチームを強くして行った中嶋監督。会見では、今季限りで若くしてユニフォームを脱いだ選手への言及も忘れませんでした。プロ4年目、22歳で引退した西浦颯大(はやと)です。

2017年、名門・明徳義塾高からドラフト6位で入団。2年目の2019年に開幕レギュラーの座をつかみ、77試合に出場。将来を嘱望されていた西浦ですが、昨季のシーズン終盤、大腿骨の付け根が壊死する国指定の難病を発症。手術を受け復帰を目指して来ましたが、残念ながら現役生活を断念することになりました。

『才能を持った選手が病気で野球ができなくなる悔しさを選手がかみしめた。でも西浦自身がみんなの元気に変えてくれて本当にありがたかった』

~『日刊スポーツ』2021年10月28日配信記事 より(オリックス・中嶋監督のコメント)

道半ばで引退した西浦も、優勝の原動力になったと報道陣の前であえて語った中嶋監督。こういうところが、選手の信頼につながって行った気がします。

開幕から高打率でチームを牽引して来た吉田正尚が、優勝争いのさなか2度にわたり故障で離脱しても、杉本やT-岡田が殊勲打を放つなど、まさに全員の力でつかみ取った25年ぶりの栄冠。その一体感をつくったのはまぎれもなく、選手全員にくまなく目を配り、適材適所で起用した中嶋監督の“選手を信じる力”です。

『本当は誰一人欠けることなくやりたかったですけど、その中でもけが人が出て、それでも、しがみついてくれた選手たちに感謝したい。それを支えてくれた裏方さんにありがとうと言いたいです』

~『中日スポーツ』2021年10月27日配信記事 より(オリックス・中嶋監督のコメント)

もっとも、いつまでも喜んでいる暇はなく、11月にはクライマックスシリーズが控えています。目指すは、これも25年ぶりとなる「日本一」。2年連続最下位からの頂点を目指す中嶋監督が、短期決戦でどんな起用を見せてくれるのか? 秘密兵器も用意していそうで、楽しみでなりません。

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