オリックスを優勝争いに導いた“投手5冠”山本由伸の「ある変化」
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、10月25日の楽天戦で完封勝利を飾り、18勝目を挙げたオリックス・バファローズのエース・山本由伸投手にまつわるエピソードを取り上げる。
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『とにかく勝つことだけを考えて、思い切り腕を振りました』
『いろんな方にサポートしていただいての自分の実力以上の数字だと思います』
~『サンケイスポーツ』2021年10月25日配信記事 より(山本由伸のコメント)
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10月25日、逆転優勝のためには絶対に負けられないオリックスのシーズン最終戦・楽天戦。圧巻の投球内容で完封勝利を果たしたあとでも、エース山本由伸のヒーローインタビューはいつものように淡々としたものでした。圧倒的な投球をしても冷静でいられることに、2021年の山本由伸の凄味が隠れています。
打たれたヒットはわずか4本。9回122球を投げ抜き、今季4度目の完封勝利で、チームを優勝に向け大きく前進させた山本。この日(25日)、ライバルのロッテがソフトバンクに敗れたため、ロッテが残り3試合のうち1つでも負けた時点で、オリックスの25年ぶりのリーグ制覇が決まります。
自身15連勝となる今回の勝利で、今季の最終勝ち星は18勝に到達。すでに確定していた最多勝に加え、最優秀防御率(1.39)、最高勝率(.783)も確定。さらに最多奪三振(206)のタイトルと、正式タイトルではありませんが、最多完封(4)も確実になりました。投手5部門でトップに立つ「投手5冠」は、2006年の斉藤和巳(ソフトバンク)以来8人目という15年ぶりの快挙です。
今季、山本由伸が達成した成績のなかで、「歴史的」とも言える数字が「シーズン防御率1.39」です。日本野球機構(NPB)公式サイトの「シーズン記録ランキング」のページでは、「防御率 1.50以下」を記録した過去51人のレジェンドたちを紹介しています。
このランキングによれば、山本の1.39は歴代37位ですが、その顔ぶれをよく見ると、ある事実に気づきます。防御率 1.50を切った歴代レジェンドのほとんどは戦前、もしくは戦後間もないころの投手たちばかりなのです。
それどころか、1970年に「0.98」というとんでもない数字を残した阪神・村山実以降40年近く、防御率1.50以下は誰も成し遂げられなかったのです。これは、打撃技術の向上なども関係しています。
この空白期間にピリオドを打ったのは、「飛ばないボール」が球界を席巻し、圧倒的な「打低投高」だった2011年の楽天・田中将大(1.27)と日本ハム・ダルビッシュ有(1.44)。そして、2013年に歴史的な「24連勝無敗」を成し遂げた田中将大(1.27)だけ。いかにこの「シーズン防御率1.50以下」が難しい記録であるかを物語っています。
山本自身は、自分の目指す先発投手像として、こんな言葉を残しています。
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『理想は“負けない投手”。そのために“打たれない”。そして“疲れない”。この3つです。打たれないから、負けないし、球数も増えないから疲れない。これが理想の先発投手です』
~『週刊ベースボールONLINE』2019年4月7日配信記事 より
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そのためか、勝ちに対するこだわりよりも、イニング数や防御率に重きを置く発言がこのころは何度もありました。
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『勝敗にこだわりはないので気にしていません。イニング、防御率などの自分の結果がでるところをよくして、仕事をすればチームにとってもいいと思います』
~『週刊ベースボールONLINE』2019年7月16日配信記事 より
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実際、この発言のあった2019年は防御率1.95で最優秀防御率のタイトルを獲得しつつも、勝ち星は8勝止まり。打線の援護に恵まれなかった証とも言えますが、チームのエースとしてはどこか物足りなさの残る発言とも取れました。しかし、2年連続(2019年・2020年)最下位という不甲斐ない成績が引き金となったのか、今季開幕前の言葉には大きな変化がありました。
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『とにかく勝ちたい思いが強い。去年も一昨年も前半で負けてしまっていた。しっかり上位に食い込めるように。シーズンの出だしが大切だと、ここまでの経験で思った。明日は勝つ必要がある。勝つということを求めて、チーム一丸となって戦いたい』
~『日刊スポーツ』2021年3月25日配信記事 より
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冒頭で紹介したヒーローインタビューでも「とにかく勝つ」と語ったように、今季の山本は最初から最後まで「勝つ」という言葉を口にし、色紙にしたためて来ました。それが言霊(ことだま)になったかのように、今季は2度目の防御率タイトルに加えて、他を大きく引き離す「18勝」での最多勝も達成。負け数は「5敗」ですので、1人で貯金を13もつくり、2年連続最下位のチームを優勝争いへと導きました。
戦いはまだ、CS、そして日本シリーズへと続きます。「勝つ」ことへのこだわりを持った大エースの本当の見せ場は、むしろこれからです。