26年前の日本S 初戦でヤクルト・野村監督が仕掛けた“奇策”

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、今年(2021年)と同じヤクルトとオリックスが対決した1995年の日本シリーズと、野村監督が仕掛けた“奇策”にまつわるエピソードを紹介する。

26年前の日本S 初戦でヤクルト・野村監督が仕掛けた“奇策”

プロ野球 日本シリーズ 第5戦 日本一のカップを持ちニッコリのヤクルト・野村克也監督。=1995年10月26日 写真提供:産経新聞社

久々に面白い勝負になりそうな、今年の日本シリーズ。ヤクルトもオリックスも、ともに2年連続最下位からのリーグV。2軍監督出身の指揮官が現有戦力の底上げを図り、チームを巧みにまとめ上げたところも似ています。実力伯仲の好勝負になりそうで、今回、接戦を予想する評論家が多いのも肯けます。

ちなみに、過去10年(2011年~2020年)の日本シリーズを振り返ると、巨人が日本ハムを下して日本一になった2012年以外は、すべてパ・リーグのチームがシリーズを制しています。すなわち、ここ10年はパの9勝1敗。うち7勝がソフトバンクです。

ソフトバンクは、おととし・去年(2019年・2020年)と2年続けて巨人をストレートで粉砕。2018年の広島との対決でも、ソフトバンクが△●のあと4連勝で日本一になっていますので、目下パ・リーグが12連勝中なのです。

本来日本シリーズは、その年のセとパの王者が激突し、最高の勝負を見せる場。ところが、これだけパに星が偏ると「いつまでもセとパの王者が対決する形式で、本当にいいのか?」という話になって来ます。大げさでなく、今回のヤクルトの戦いには、セ・リーグの威信が懸かっているのです。

いずれにせよ、両チームにはファンがうなる名勝負を期待したいところ。過去10年で4勝3敗の最終戦決着になったのは、2011年のソフトバンクvs中日(ソフトバンクが日本一)と2013年の楽天vs巨人(楽天が日本一)のみ。パの圧勝劇ばかりでなく、久々に最終戦まで手に汗握る勝負が観てみたい、と思うのは筆者だけではないでしょう。

短期決戦のカギを握るのは、やはり初戦です。過去71回の日本シリーズの結果を見ても、初戦が引き分けの3回を除いた68回のうち、初戦を制したチームがシリーズも制したケースは44回。およそ65%の確率で、第1戦に勝ったチームが日本一になっています。

ゆえに、初戦に誰を先発させるかは非常に重要。オリックスは、レギュラーシーズン15連勝、クライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ初戦でもロッテを完封した絶対的エース・山本由伸の登板が濃厚です。山本は、自身初の日本シリーズを前に、抱負をこう語っています。

『これから打者のことを見ないといけないなと思います。前回の対戦と相手も違うと思うし自分も(成長しており)全然違う』

~『スポニチAnnex』2021年11月14日配信記事 より

山本が言う「前回の対戦」とは、今年5月28日に行われたヤクルトとの交流戦のことを指しています。このときは山本が7回を2失点に抑え、オリックスが勝利。山本はこの試合からレギュラーシーズン15連勝をマーク、18勝を挙げました。「ヤクルトもあのときより強くなっているだろうが、こっちだって成長しているんだ」という自負を感じるコメントです。

一方、ヤクルト・高津監督は山本に20歳の若武者・奥川恭伸をぶつけるようです。奥川は今季、後半戦の開幕投手を務め勝利。チームを勢いに乗せ、セのCSファイナルでも初戦に登板しプロ初完封、MVPに輝いています。プロ2年目ながら、高校時代は甲子園の大舞台で活躍しただけに、ここ一番の大勝負になるほど結果を出すタイプです。シリーズを前に語った抱負が、またすごい。

『経験がないので思い切っていける。重圧もあるけれど、そういう気持ちの方が大きい』

~『スポーツ報知』2021年11月19日配信記事 より

さすがの強心臓というか、20歳にして「経験のなさが逆に強みになる」とは、なかなか言えないセリフです。「山本で2つ勝ちを計算できるから、オリックス有利」と見る向きも多いですが、奥川が初戦で山本に投げ勝てば、相手に与えるショックは相当なものがあります。第1戦はまさにシリーズの行方を左右する大一番。いまから楽しみでなりません。

ところで、いまから26年前、1995年の日本シリーズでもヤクルトとオリックスは対戦しています。野村克也監督と仰木彬監督の「名将対決」として話題になったこのシリーズ。データを駆使した「野村ID野球」が、イチローの打棒と「仰木マジック」をどう封じるのかが注目されました。

このとき野村監督が、シリーズ開幕前に「イチロー対策はインハイ(内角高め)がカギ」とマスコミに明かし、イチローはインコースを意識するあまり、本来のバッティングを崩して抑えられた話はよく語られていますので、今回は、野村監督が初戦で繰り出した“奇策”の話をご紹介しましょう。

最近の日本シリーズは、レギュラーシーズン同様、予告先発が採用されることが多くなっていますが(今年は不採用)、当時は「試合当日まで秘密」。誰が投げるかはフタを開けてみないとわかりませんでした。

注目の初戦、オリックスはこの年、40歳でノーヒットノーランを達成したベテラン・佐藤義則が先発。一方、ヤクルトは先発候補が2人いました。13勝を挙げたプロ4年目の石井一久(現・楽天GM兼監督)と、来日1年目で14勝を挙げノーヒットノーランも記録した外国人投手、テリー・ブロスです。

野村監督は果たしてどちらを初戦に投げさせるのか、予想が分かれていましたが、シリーズ開幕5日前にアクシデントが発生。ブロスが練習中に突然、右肩の痛みを訴えたのです。それからブロスは投球練習を行わなくなったので、「これは石井で決まりだな」と誰もが思ったところ……何と、初戦のマウンドに上がったのはブロスでした。右肩痛とノースローは「芝居」で、実は隠れてピッチング練習を行っていたのです。

石井が来ると思っていたオリックス打線と仰木監督は、相当に面食らったことでしょう。ブロスは8回2失点で勝利。この“名演技”とイチロー封じでシリーズの主導権を握ったヤクルトは、4勝1敗で日本一に輝いたのです。野村流の老獪な戦術に「してやられた」オリックスでした。

実はこのとき、第1戦~第3戦でオリックスの先発マスクをかぶっていたのが中嶋聡現監督でした。第4戦からは先発を外されています。一方、第5戦の最終回に登板、胴上げ投手になったヤクルトのクローザーが高津臣吾監督です。

中嶋監督にとっては、あのとき味わった屈辱を晴らす絶好の機会。また、高津監督にも「セの威信」が懸かっています。果たして勝負の行方はどうなるのか? 個人的には長く楽しみたいので、第7戦までもつれこむことを期待しています。

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