5月31日からドキュメンタリー映画『トノバン 音楽家加藤和彦とその時代』のロードシューが始まり、6月27日には加藤和彦の曲で構成する「あの素晴しい歌をもう一度コンサート2024」(東京国際フォーラム・ホールA)が、さらに7月には「加藤和彦トリビュートコンサート(7月10日・ロームシアター京都、15日・東京Bunkamuraオーチャードホール)」が開催されるなど、ここにきて加藤和彦がクローズアップされるムーブメントが起きている。
こうした動きのなかで加藤和彦のインタビュー本『あの素晴しい日々 加藤和彦、「加藤和彦」を語る』(百年舎)が出版され、注目を集めている。
加藤和彦が死去した2009年以降、晩年に行われたインタビュー本は上梓されているが、『あの素晴しい日々 加藤和彦、「加藤和彦」を語る』に収められているのは1993年、今から30年以上前の加藤和彦にとって最初の本格的ロングインタビューと言えるもの。それだけに、アーティストとしての現役感、さらには音楽家としての意欲も強く感じられるものになっている。
また、映画『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』では、きたやまおさむ、高中正義、小原礼、新田和長、朝妻一郎など、加藤和彦と深くかかわっていた人たちが証言しているが、『あの素晴しい日々 加藤和彦、「加藤和彦」を語る』では逆に、加藤和彦がこれらの人々について語っている。だから映画と本を通じて彼らが会話をしているようにも感じられるのも興味深い。
本書を執筆した音楽ライターの前田祥丈氏に、このインタビューについて聞いた。
「本の後書きにも書いたのですが、加藤和彦は1960年代から日本の音楽史を切り開いた一人です。けれど、1990年初めのバブル時代には彼の洗練されたライフスタイルばかりが注目されて、音楽家として過小評価されているのではないかと感じて、音楽に絞ったインタビューを申し込んだんです」
加藤和彦はこの申し出を快諾して3月に数回のセッションが行われた。
「かなりの長時間にわたってじっくり話せるように、でも厭きないように、加藤さんの自宅のプライベートスタジオだったり、落ち着いた和食屋さんだったり、インタビューは毎回違う場所で行いました。ページが限られた雑誌のインタビューとは違うので、かなり突っ込んだことも聞かせてもらいましたが、加藤さんはどんな質問にもていねいに答えてくれました」
合計したインタビュー時間は10時間以上になった。
「さすがに全部を本にすることはできないので、本人の記憶があいまいだったり、音楽から離れすぎるなど、省いたエピソードもあります。それでも、現役の音楽家としての加藤さんの姿勢は語ってもらえたと思います」
本には書かなかったけれど、インタビューに関して前田氏が印象に残っていることがあると言う。
「最後のインタビューが終わった後、加藤さんがキャンティに招待してくれたんです」
飯倉のキャンティは、先端的アーティストなどが集うサロンとして1960年代からでもあったハイセンスなイタリアンレストランで、加藤和彦も常連だった。
「加藤さんがソムリエに“カササギのやつ”と言ったんです。その時はわからなかったんですが、あとでポッジョ・アッレ・ガッツェ・デル・オルネッライアという高級白ワインのことだと知りました。その時の加藤さんがなんともかっこよかったのを今でも覚えています」