東京大学大学院合格の裏側――ニッポン放送・吉田アナウンサー×アニメ宣伝プロデューサー・栁瀬一樹氏特別対談

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9月8日(日)東京大学・福武ホールにて、アニメ『邪神ちゃんドロップキック』のイベントが行われ、『邪神ちゃん』の宣伝プロデューサー・栁瀬一樹氏と進行役のニッポン放送・吉田尚記アナウンサーが登場。

イベント詳細は事前に告知されていなかったものの、会場には多くの邪神ちゃんファンが。イベント中盤、柳瀬氏が吉田アナウンサーとの関係性を振り返る中で、いきなり吉田アナウンサーが「東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 社会情報学コース」の受験に挑戦していたこと、そして合格したことをサプライズ発表。

実は、受験は現在すでに同大学院に所属している柳瀬氏からの勧めで、この1年間、二人三脚で受験に挑んだとのこと。

 吉田アナウンサーの合格が発表されると会場から拍手とお祝いの声が飛び交い、同時にニッポン放送から発信されたプレスリリースがネットで取り上げられていないか会場にいる全員で調査、さらには拡散させようと団結する場面も。

イベント内容が告知されていなかった理由も納得。予想しようにも出来ないイベントでしたが、そんなイベントを終えて、柳瀬氏と吉田アナウンサーは何を思ったのか、イベント直後のアフタートークを特別にお届けします。

吉田尚記アナウンサー・柳瀬一樹氏(安田講堂前にて)

吉田尚記アナウンサー・柳瀬一樹氏(安田講堂前にて)

 ――イベント、お疲れさまでした。特大発表がありましたが、実際に会場のお客さんの反応をみていかがでしょうか?

柳瀬:協創でしたね。競争ではなく“協力して創る”の協創。

吉田:そもそもおかしい話ですよね。最初、柳瀬さんとイベントをやろう! というときに、もちろん「邪神ちゃん」のイベントをやろうという話をしていました。別に、私の大学院合格というのは、全然なくてもいいわけですよ。身内や会社、関係者に連絡だけすればよかったのに、柳瀬さんがどうせならイベントにしましょうと言い出したのでさすがバズり職人「キレてるな~!」と。

柳瀬:使えるものは何でも使うのが邪神ちゃんです!手元に入ってきた情報をいかに楽しく、組み合わせていくか、ブリコラージュしていくのが腕の見せどころです。今回は吉田さんの東大大学院合格というネタは上手に料理できましたね。

吉田:ありがたいことです。こんなにネット記事になるとも思わなかったですね。柳瀬さんの新著『宣伝は差異が全て 邪神ちゃんドロップキックからマーケティングを学ぶ』では、“差異”を作りだす重要性が書かれていますが、今回の私の合格発表も他にない方法でやってくださった。反響がすごくて、コメントが付くということも一つですし、私のXへのリプライも多くて。これは、我々が事前に想像できていたことではないですよね。想像以上だった。

柳瀬:吉田さんの合格に対して、会場の皆さんが盛り上がるのは当然予想ができていたんだけど、会場の外側でもここまでバズると思わなかったですね。3万いいねくらいついていましたし。

実際の合格通知書を披露

実際の合格通知書を披露

――イベント中なのに、皆さんが自分のスマホを見つめて、ここのサイトに出ています! と報告し合う時間がちょっと面白かったです。

柳瀬:そうでしたね(笑)

吉田:今までやったことのないことをやってみようというのが“邪神ちゃんイズム”じゃないですか。合格発表みたいなものは別にどこかでやったっていい。でも、今日は誰もやっていなかったようなことにトライして、そしてそれがちゃんと立派なコンテンツになった。

柳瀬:見事になりましたね。

吉田:私はラジオの人間なので、生々しさが売りじゃないですか。生活感というか、この人は生きているんだなという感じがないと、ラジオパーソナリティである意味がないじゃない。

柳瀬:だって“パーソナリティ”ですもんね。パーソナリティが当たり前の人生を送っていたら、リスナーの皆さんとの差異が描けない。そういう意味では今回、吉田さんは他とは違うものを見せつけたと思います。まず受験しようというふうに判断したのもすごいし、そこからくじけずにやり切ったのもすごい。結果、合格したことももちろん。

合格発表時、自身の受験番号を見つけた瞬間

合格発表時、自身の受験番号を見つけた瞬間

吉田:受験にあたって柳瀬さんが指導してくれましたが、本当に何をどうすればいいのか、全くわからない状態のところからで。CiNiiという論文検索サイトがあるというところからスタートし、先行研究が沢山あり、先行研究のどこが自分の主張がつながるのか、ちゃんと全部丁寧に探していく。「研究者の方々は、本当にこういうことをやっているんだ」って身をもって実感しましたね。

柳瀬:私が吉田さんにお伝えしたのは研究者の人たちの書き方・話し方で、この世界ではこういう伝え方をすれば、相手に通じるんだよというお作法をお伝えしました。そうしたら吉田さんはやっぱりコミュニケーションのプロだから、さっさとそれを習得して、ちゃんと相手に伝わる、この世界で伝わるしゃべり方、書き方に変わったんですね。

――普段のラジオでの話し方・伝え方とで一番大きな違いは何でしょうか。

柳瀬:普段の吉田さんの話し方は言葉の省略が多いように思います。相手も理解しているはずだから、ここは割愛しようというつもりで話していくので、受け手にはスムースに内容が伝わるようになっているのですが、研究の世界ではそれではダメなんです。

吉田:まさにそう思いました。

柳瀬:だから、最初吉田さんから提出された文章は論文ではなくエッセイのような感じでした。でも最終的には立派な論文、研究計画書になりましたよ!

吉田:アカデミーでの表現方法は「なるほど、こんなに緻密で正確にできているんだ」ということがわかったんですよね。まるでプログラミングのように。それと同時に、これをそのままラジオでしゃべっても誰も聞いてくれないだろうなあということもわかりました。このことから、我々メディア人は話し相手に応じた話し方を身につけるべきだと感じます。

ニッポン放送から出たプレスリリースを自分で読み上げる吉田アナウンサー

ニッポン放送から出たプレスリリースを自分で読み上げる吉田アナウンサー

柳瀬:それができる人というのは越境者であり、アカデミーとメディアのトランスレーターになることができます。そしてそれができる人の数は非常に少ないと思います。

――今日一日で「吉田尚記、東京大学大学院合格」という情報が持つ意味がどんどん変わっていったように思えました。この情報を中心にして、お客さんが前のめりになって拡散させる姿に、「このネタは、もしや乗っかっておいた方が楽しいんじゃないか?」と思ってしまうような。

柳瀬:要はコンテンツを作るということなんですよね。コンテンツの受け手、特に今日のお客さんは“楽しみ方のプロ”が多かったじゃないですか。

吉田:多かったですね。

会場からは盛大な祝福

会場からは盛大な祝福

柳瀬:渡されたものを、どうすれば一番美味しく食べることができるかということを把握しているんですよ。だから、これは乗っかっておいた方が絶対楽しいと判断し、「OK、分かった、そっちの方向ね!」と理解し、躊躇なくやってくれたわけです。だから、最初に言った“協創”という意味でいうと、吉田さんと私の間の関係ではなく、私たちとお客さんとの間にあった関係なんですよね。

――皆さん、吉田さんのネタを拡散させるのを楽しんでる感じが確かにありました。

柳瀬:そこまで含めて今日のコンテンツというふうに受け取ってくれたんだと思います。

吉田:何をするイベントなのか詳細を発信しないまま当日を迎えるということで、今日の内容に色々驚いてくれた方もいらっしゃったと思いますが、私が一番驚いたのは今日のお客さんの中で「それぐらいのことありそうだと思ってた」と言われたことですね。予想の範囲内だったという(笑)

柳瀬:お客さんからしてみれば自分は何を見せられているんだろう、と思ってしまう内容だったんだろうな。でも、どの場面を思い返してみても、皆さんがそのときを楽しんでくれてよかったなと思いますし、またこんな感じで皆さんが驚いてくれるイベントを企画したいなと思いました。

吉田:ですね。

柳瀬:現代は構造主義がはやりすぎていて、構造でしか世の中を把握できない状態になっている。それは決して悪いことではないけれど、枠組みに囚われて、枠組み自体を疑おうとしないんですよね。普通、トークイベントで司会者の大学合格発表はしない。それが普通。でもそこを突破したほうが断然面白いです。このあたりが「邪神ちゃんは何でもあり」と言われているゆえんです。

吉田:その通り。

柳瀬:これは昨今流行りの「リスキリング(歳を経てからの学び直し)」にもつながるところがあります。挑戦してみて、今自分が置かれた環境という枠組みを突破したらよいのです。

吉田尚記アナウンサー(赤門前にて)

吉田尚記アナウンサー(赤門前にて)

吉田:これまで自分が社会人としてやってきたことに意味があったのかどうかを、研究を通じて調べてみるということですよね。意味がなかったわけじゃないとは、自分でも思っているけれども、本当にそうなのかっていう検証は結構面白いです。

柳瀬:自分で追求して、最終的に言語化できたら、他の人の役に立つ可能性が生まれる。先人の言葉を借りれば“情報生産者になる”ということだと思います。

吉田:消費者ではなく、生産者に回ることにしたというわけですね。私が通うことになる情報学環の過去の研究テーマってすごくニッチで、いくつか紹介したんです。そうしたら今日の最後、一人の男性が「そういうことでもテーマにして大丈夫なのであれば、私も考えたいことがいっぱいあるんです」と話しかけてくださって、今日のイベントをやった意味がやったなと思いました。

柳瀬:同世代が「もうこの歳になると面白いことがない」とネットで発信しているのを見ると、そんなことないよってことを伝えたいよね、と吉田さんと話していました。アラフィフになってもこれだけ新しいことできるんだぜ! っていうことを伝えていきたいですね。私たちが所属する東京大学大学院の開沼ゼミは楽しい後輩を大募集しますので、我こそはという方はぜひチャレンジしてくださいね。

■柳瀬一樹氏プロフィール
・2002年上智大学外国語学部卒、NTTドコモ入社。iモードコンテンツ提供企業に対するコンサルティングを担当
・2012年dアニメストア創設時、サービスの企画立案・設計
・2016年KADOKAWA入社
・2019年株式会社アンネルとして独立。「邪神ちゃんドロップキック 」「理系が恋に落ちたので証明してみた。」「恋と呼ぶには気持ち悪い」「最弱テイマーはゴミ拾いの旅を始めました。」「異世界ゆるり紀行」などの宣伝プロデューサーを担当。クラウドファンディング、ふるさと納税、違法より早い切り抜き、違法アップロードの合法化、転売より安いメルカリ、無断転載キャンペーンなど今までにない宣伝手法の案を練る。
・2023年東京大学大学院学際情報学府入学。「行政広報とポップカルチャー」「AIキャラクターはなぜ面白いのか?」などを研究。
・2024年自身初の著書『宣伝は差異が全て 邪神ちゃんドロップキックからマーケティングを学ぶ』(太田出版)を発売。
⇒詳しくはこちら https://www.ohtabooks.com/publish/2024/09/05164607.html
■吉田尚記プロフィール
・1975年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、1999年ニッポン放送入社。
・2012年に「第49回ギャラクシー賞」で「DJパーソナリティ賞」を受賞。
・マンガ、アニメ、アイドル、デジタル関係に精通し、 年間100本以上のイベント司会や、2008年から始まった「マンガ大賞」の発起人・実行委員を務めるなど、ラジオやアナウンサーの枠ににとどまらない活動を行っている。共著を含め13冊の書籍を刊行し、ジャンルはコミュニケーション・メディア論・アドラー心理学・フロー理論・ウェルビーイングなど多岐にわたる。著書の『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』(太田出版)は国内13.5万部、タイで3万部を突破するベストセラーに

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