#50 長嶋茂雄(巨人)大乱闘の直後、決着つけるホームラン

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#50 長嶋茂雄(巨人)大乱闘の直後、決着つけるホームラン

 

◎1968年9月18日 甲子園球場

(ダブルヘッダー第2試合)

巨人 1 0 0  7 0 0  0 2 0 =10

阪神 0 0 0  1 0 1  0 0 0 =2

HR(巨人)長嶋35号・36号

(阪神)カークランド36号 本屋敷3号

 

阪神が突き放したかと思いきや、巨人が猛然と追い上げ、両チームがシーズン終盤まで激しいツバ競り合いを演じている、今季セ・リーグのペナントレース。日本プロ野球草創期からシノギを削ってきた巨人と阪神は、過去にも今季のようなデッドヒートを繰り広げたことがあった。

 

今から58年前の1968年。4連覇を目指す巨人は、8月上旬まで2位に最大9ゲーム差をつけて首位を独走していたが、Bクラスに沈んでいた阪神が奇跡的な追い上げを見せる。8月は本拠地・甲子園球場が高校野球のため使えない「死のロード」の期間にもかかわらず、19勝2敗という快進撃で2位に浮上。9月16日には首位・巨人に2ゲーム差まで迫り、翌17日から甲子園に巨人を迎えて4連戦を行った。

 

まさに天王山の頂上決戦。両チームとも並々ならぬ覚悟で臨んだのは言うまでもない。17日の初戦は高卒2年目の阪神・江夏豊が、日本新記録となるシーズン354個目の三振を王貞治から奪い(最終的に401個まで更新)、延長12回を1人で投げ抜いて巨人打線を完封。しかも自らのサヨナラ打で勝利を決めるという離れ業を演じ、これで1ゲーム差に。

 

翌18日は、2戦目と3戦目がダブルヘッダーで行われた。第1試合、阪神の先発はエース・村山。巨人も若きエース格の堀内恒夫を立て、試合は両者一歩も譲らぬ投手戦になった。0-0で迎えた9回裏、阪神の「ヒゲ辻」こと辻佳紀が堀内からサヨナラ2ランを放ち、これで両者のゲーム差はなくなった。

 

この時点では勝率の差でまだ巨人が首位だったが、続く第2試合に勝てばついに阪神が奪首、という状況になった。2試合連続サヨナラ勝ち&江夏・村山の完封勝利で意気揚がるタイガースナイン。第2試合、阪神はジーン・バッキー、巨人は金田正一が先発した。ここまで13勝のバッキーを立てて3連勝を狙った阪神だったが、初回、バッキーは巨人に1点を先制され、4回には味方のエラーも絡んで4失点。巨人を追いつめるはずが大きくリードを許してしまった。

 

マウンドで苛立ち始めたバッキー。それが投球にも表れてしまう。巨人の3番・王貞治に2球続けてインコースへ、デッドボール寸前の球を投げた。間一髪、ひっくり返ってよけた王。起き上がると、バットを手にしたままマウンドのほうに2、3歩詰め寄り「危ないじゃないか!」と注意した。温厚な王にしては珍しいことだが、ひと言言わずにはいられなかったのだろう。バッキーも言い返し、これが導火線になった。

 

すぐに両ベンチから選手が飛び出し、もみ合いが起こった。特に怒り心頭だったのが、王と二人三脚で一本足打法を完成させた巨人・荒川博打撃コーチである。「愛弟子のワンちゃんに何をするんだ!」とバッキーに足蹴りを食らわせると、バッキーも荒川コーチの額にパンチをお見舞いして大乱闘に発展。両者は退場となった。このとき、バッキーは利き手の右手親指付け根を骨折。投手にとっては致命的なケガを負い、翌1969年、近鉄に移籍して引退することになる。

 

負傷したバッキーに代わって阪神は権藤正利を登板させたが、あろうことか、権藤の投じた球が王の頭部に命中。王は昏倒し、担架で運ばれた。再び両チームの選手がベンチから飛び出し、騒然とする甲子園。運ばれる王を横目で見ながら、怒りを胸に秘め、ネクストバッターズサークルでじっと集中力を高めていたのが、4番・長嶋茂雄である。

 

試合再開後、打席に立った長嶋は、盟友・王の仇討ち、とばかりに豪快な3ランをスタンドに叩き込み、場内の異様な雰囲気を一掃してみせた。長嶋は8回にも2ランを放ち、巨人は10-2で快勝。長嶋は試合後こう語った。「あの打席だけは何としても打ちたかった。どんなことをしても打ってやるぞ、の気持ちだけだった」

 

翌19日の4戦目、巨人は江夏に再び完封勝ちを許し、4連戦を1勝3敗と負け越したが、最終的に競り合いを制して4連覇を達成した。もし3戦目、王が負傷退場した後、阪神に盛り返されて負けていたら、はたして優勝できたかどうか。荒れた試合にケリをつけた長嶋のホームランは、いろんな意味で大きかった。

 

余談だが、この試合のラジオ中継を入院中のベッドで聴いていたのが、演出家のテリー伊藤氏である。当時、学生運動のデモに参加中、飛んできた石が左目に当たり失明寸前の大けがを負ったテリー氏。失意の中、実況で長嶋の一発を聴いて涙し、「俺もケガに負けないぞ!」と心に誓ったという。ファンの人生にも大きな影響を与えた一発だった。

 

<チャッピー加藤>

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