回を重ねて10回目。声優×落語イベントは第2フェーズへ
5月6日、「声優落語天狗連」の記念すべき第10回公演。過去に出演した中島ヨシキさん、高塚智人さん、仲村宗悟さんの若手声優3名と、本イベントの稽古番として八面六臂の活躍をしてくれている立川志ら乃師匠による口演が行われた第1部「声優落語天狗連 ver.立川志ら乃と愉快な声優たち」に続き、17時からは同じく浜離宮朝日ホール(小ホール)にて、「声優落語天狗連 第十回」が開催された。
MCはおなじみ、ニッポン放送・吉田尚記アナウンサーと、落語研究家(ご本人いわく“落語探検家”と呼んでほしいそうです!)としても有名なお笑いコンビ・米粒写経のサンキュータツオさん。吉田アナは慶應大学、サンキュータツオさんは早稲田大学の落語研究会出身で同世代のふたりは、出会ったなり落語マニアとして意気投合した仲。このイベントも「声優が落語をやることを文化にしたい」という熱いふたりの想いが結実したものだと、語り合う。
じつは、この日の「声優落語チャレンジ」に、ベテラン声優の山口勝平さんをブッキングできたのも、アニメ『昭和元禄落語心中』のスピンアウト企画番組「智一&勝平の落語放浪記」の現場で、勝平さんを誘い込んだサンキュータツオさんのお手柄。そして本日、勝平さんが選んだ演目は、吉田アナいわく「落語ファンならニヤリとするチョイス。僕もいちばん好きな古典」だという「粗忽長屋」。サンキュータツオさんによれば、「粗忽長屋」は「実写にすると絶対に面白くない、数ある“粗忽噺”のなかでもちょっと特別な噺」なのだそう。「落語によく出てくる与太郎は粗忽じゃなくてバカ。粗忽は、あわて者とも違っていて、あわて者とバカの中間に“粗忽ゾーン”がある。そんな“粗忽”をどう解釈するか」が見どころの噺だと解説。さらに「粗忽長屋」には“しっかりした粗忽”と“ぼんやりした粗忽”の2種類が登場するのも、他一線を画していると言う。
加えて、落語界で「粗忽長屋」といえば、名人・五代目 柳家小さんが到達点を築いた十八番で、滑稽噺を得意とする柳家一門には、粗忽噺だけは他に負けないというプライドがあること。また、志ら乃師匠の大師匠である立川談志は、「人間の主観が世界を動かしていく」という哲学的なテーマを「粗忽長屋」に見出して「主観長屋」という題名でも演じており、「柳家の血を引く(立川談志は柳家小さんの弟子!)立川流にとっても大切なこの噺を、志ら乃師匠が勝平さんにどう仕込んだかも楽しみ」と語った。
工藤新一、ウソップでおなじみの山口勝平が、落語へ魂を注いでチャレンジ
そしてステージでは、「声優落語チャレンジ」恒例、山口勝平さんの約1ヵ月にわたる稽古風景を撮影したダイジェストムービーを大公開。サンキュータツオさんは、稽古序盤の勝平さんの噺の一部を観るなり、「もう上手い!」と感嘆の声。稽古から浴衣をしっかり着込んで汗を浮かべる勝平さんを、MCふたりは「かわいいですね!」「まるで温泉の妖精のようだ(笑)」とコメントし、「すごい。目線も完璧でしたね」と驚きの表情を浮かべていた。
あふれんばかりの期待感のなか、山口勝平さんの「声優落語チャレンジ」がスタート。軽快な出囃子にのって姿を見せた勝平さんは、客席を見ながら着物の袖を広げ、ニッコリ笑いながら小首を傾げてご挨拶のポーズ。足取りも軽やかに高座に上がると、開口一番、「温泉の妖精です!」と会場を沸かせ、「落語やってみる? と言われて、はいやりまーす!と、何も考えずに答えてしまった自分こそが粗忽者だなぁと、つくづく思いました」という話題から、よどみなく落語本編へと繋げていく。
「粗忽長屋」のあらすじは、勝平さんの稽古の様子をレポートした記事でも紹介したが、行き倒れになった男を見て、自分の兄弟分の熊五郎だと思い込んだ粗忽者の八五郎が、「お前は気づいてないようだが、昨日からお前は死んじゃってる。一緒に確かめにいこう」と、熊五郎本人を死体のもとに連れて行く滑稽噺。熊五郎も八五郎にのせられ、自分が死んだと納得する、ふたりの粗忽ぶりをどう表現するかが見どころだ。勝平さんの「粗忽長屋」は、タイプの違う粗忽者ふたりを軽快な口調で演じ分け、ふたりに翻弄される真面目な番人や粗忽者の出現を面白がる野次馬たちの様子を、汗を浮かべ、大きな身振り手振りを交えながら、絶妙なテンポで熱演。ありありと物語を浮かび上がらせた。
噺を終え、拍手喝采でステージに迎えられた勝平さんは、「めちゃめちゃ楽しかったです! 開場前にここでリハーサルをしたときは、“何長屋だったっけ?”とタイトルを忘れるほど緊張しましたけど、本番はお客さんにすごく乗せていただけて嬉しかったです」と、ホッとした表情でコメント。吉田アナは「これが初めての落語とは思えない。プロ、すげー! 熊(五郎)のかわいいこと、かわいいこと」と大絶賛。サンキュータツオさんも「すごい! これ、もう真打ちでしょ! お芝居としてではなく、本当にあった話に居合わせたようだった。熊がかわいいのは、志ら乃テイストですよね(笑)」と称賛の声を挙げた。
ここで、稽古番の志ら乃師匠もステージへ。勝平さんとの稽古では、「落語は芝居とは違う、引き算でやるもの」という説明をさんざんしたという師匠。「勝平さんも僕と同じで、空白埋めたがるタイプ。無音を怖がらず、お客さんの息づかいに合わせてセリフを言うこと」や、「歌を歌うようにセリフを流して繋げること」を指導したのだとか。そして最後の稽古で、志ら乃師匠がものすごくゆっくり手本を見せてくれたときに、勝平さんも「これか!」と開眼したそう。
ちなみに、この「粗忽長屋」には死体と熊五郎を並べて寝かせる場面が出てくるのだが、そこは志ら乃師匠のオリジナル演出。勝平さんは、「稽古で教えてもらった、サラマンダー様というギャグもやりたかったが、できなかった……」と反省していたが、志ら乃師匠は「それは次回に!」と宣言。「〈粗忽長屋〉ができれば、〈子ほめ〉もできちゃうしね」と志ら乃師匠が言うと、勝平さんはさっそく「教えてください!」と嘆願。「教えてやろうじゃないか!」という師匠の言葉に「やったー! 弟子入りだ!」と大喜びしていた。次回の勝平落語が、楽しみになった。
あの番組のMCに大抜擢された注目の若手落語家が「初天神」を披露
「声優落語チャレンジ」に続いては、大トリを飾る春風亭昇々さんの高座へ。この4月から『ポンキッキーズ』のMCにも抜擢された昇々さんは、春風亭昇太師匠が初めてとった弟子で、いま将来を最も有望視されているイケメン二ツ目。サンキュータツオさんいわく、「春風亭昇太という化け物が生んだ怪物」で、昇々さんの噺は「出てくる人物が全員ヤバい人に見える、戦慄する落語」。現代落語の最先端にいる噺家だと紹介した。
その昇々さんが聴かせてくれたのは、前座噺のスタンダード「初天神」。天満宮の参拝に、いつも物をねだりまくる息子をイヤイヤ連れて行く父親と、アレが欲しいコレが欲しいと駄々をこねる息子の掛け合いが楽しい噺だ。人によって、内容も人物表現も様々に演じられるこの噺を、昇々さんはこれまで観たことのない親子像を大胆に描写。ふてぶてしい息子が駄々をこねる表情は何とも形容し難く、息子を容赦なく叱る父親も圧巻。時には座布団からはみ出して高座を徘徊するなど、じつにフリーダムだ。“怪演”という名にふさわしい衝撃的な「初天神」に、笑いの渦が巻き起こった。
続いて全員集合のトークコーナーへ。昇々さんの落語について本人は、「僕は気乗りのする噺しかやらない、落語を使って遊んでいるだけ」、「〈湯屋番〉のように、妄想をし続けるひとり狂気がやりやすくて好きなんです」と自己分析。MCふたりに、なぜあんなにスタンダードから外れたことをやってしまうのか?と問われると、「(古典も)スラスラやろうと思えばできるけど、アドリブを入れて、寄り道して遊んじゃう……音楽でいうとジャズですね! 聴いたことないけど!!」と、天然っぷりを発揮して爆笑を誘う。志ら乃師匠も「(昇々は)とにかく面白い音を出せるヤツ。何もしてないのに、悔しいけど笑っちゃう。同業者の噺に笑うことはないんだけど……それは、同業だと思ってないからかな?(笑)」と、昇々さんのオリジネーターたる不思議な魅力を解説する。昇々さんは勝平さんの落語に「見た瞬間、すごいと思った。口調が良かった」と感想を述べ、勝平さんは、昇々さんの落語に「まさに引き算の芸で、こんな「初天神」は初めてで驚きました。ずっと袖でゲラゲラ笑ってました」と、かなり衝撃を受けたようだった。その後も、サンキュータツオさん、志ら乃師匠から昇々さんの奇行が次々に暴露され、ステージも客席も笑いのカオス状態となっていた。
そして最後に吉田アナから、会場、出演声優はまだ未定なれど、7月にも第十一回が開催予定と告知されると、勝平さんから「声優落語チャレンジは“男性声優による”と書かれてますけど……声優でも興味持っている人がたくさんいるので、次は誰がやるのか楽しみです」勝平さん自身も「今後も落語は続けていきたいと思っています」と嬉しい言葉を残してくれたこの日のイベント。 7月開催予定の「声優落語天狗連」次回もぜひ、お楽しみに!