手塚治虫×冨田勲の描いた森羅万象 『ジャングル大帝』の音楽
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【大人のMusic Calendar】
本日、2月9日は、漫画家・アニメーション作家の手塚治虫の命日である。享年60歳という信じられない若さで「マンガの神様」が天に召されてから、いつの間にか29年の月日が流れたということにも、あらためて驚かされる。クラシックを中心とした音楽にも極めて造詣が深かったという手塚治虫。そのアニメーション作品の音楽について語るとき、絶対に欠かせない音楽家がいる。『ジャングル大帝』(1965)、『リボンの騎士』(1967)、『どろろ』(1969)などの音楽を手掛けた冨田勲だ。
手塚治虫作品と冨田勲音楽との関係は古く、学校用の教材音楽やCM音楽などで作曲家としてのキャリアを開始した冨田が、NHKのラジオ・テレビと出会い、『きょうの料理』(1957~)、大河ドラマ第1作『花の生涯』(1963)、『新日本紀行』(1963~)などの音楽で映像業界にその名が知られるようになった時期にまで遡る。手塚治虫が脚本参加している東映動画(現:東映アニメーション)制作の劇場用長編『アラビアンナイト・シンドバッドの冒険』(1962)の音楽を冨田が担当したことが、この二人の天才の邂逅であった。続いて東京ムービー(現:トムス・エンタテインメント)制作による『ビッグX』(1964)を経て、『ジャングル大帝』へとつながっていく。これらの音楽はすべて、シンセサイザー音楽や野外イベント「トミタ・サウンドクラウド」等によって「世界のトミタ」として広く海外にも名が知れるようになる以前の作品である。
国産初のカラー放送による連続テレビアニメーションとして知られる『ジャングル大帝』。カラーテレビ時代の幕開けに際し、家電メーカー「サンヨー」をスポンサーに迎えた本作は、フィルムの輸出も念頭に置き、海外の視聴者にも理解しやすい一話完結型、かつギャグやミュージカルの要素を盛り込むなど、原作漫画とは異なる、映像作品ならではのアレンジを施すこととなった。そのため総制作費の1/4以上という潤沢な音楽予算が割かれ、各話ごとにまったく新しい音楽をその都度作曲・演奏・録音するという、現在のテレビアニメーションの常識では考えられない音楽製作体制が敷かれた。動画製作途中の段階で、冨田のために16mmフィルムが一本現像され、簡易編集機を使って画面の動きとタイミングを合わせた音楽を作曲。録音に際しては、音楽演奏のテンポに合わせて、鉄道切符用のハサミでパンチ穴の開けられたフィルムを投影し、その光の点滅を見ながら指揮者がタクトを振る……という徹底したフィルムスコアリング(映像に同期させた作曲)が行われた。この作業を週一回の放送に間に合わせ、しかもそれを1年半にわたって続けたということには驚きを禁じ得ない。手塚・冨田の意気込みはもちろんだが、カラーのテレビアニメーションという新興メディアの道を切り拓かんとする制作スタッフ総体の気迫と熱意あってこその「時代の勢い」といったところだろうか。冨田による、この「1話ごとのオーダーメイド音楽」は、次作『リボンの騎士』にも継承され、さらに1年間の放送を全うすることになる。
これら『ジャングル大帝』の音楽を構成しなおし、フルオーケストラによって再録音したLPレコード作品『子どものための交響詩 ジャングル大帝』(1966年11月発売/日本コロムビア)は、第21回芸術祭奨励賞を受賞。テレビアニメのBGM音楽を商品化するという企画を開拓した記念碑的作品として、2001年にはデジタルリマスターでCD化、そして2009年には、『交響詩 ジャングル大帝 ~白いライオンの物語~2009年改訂版』として新録音もされるなど、今なお聴き継がれている。
しかしその一方で、『ジャングル大帝』の劇中で使用されたままのオリジナルBGM音楽が商品化されることは、後年になってもなかなか叶わなかったのである。一つには、各話ごとに作曲・演奏・録音されているため、曲数があまりにも多く、音源の整理・構成も難しく、商品としても成立にくいという点があると思われる。更には、瞬間的な映像表現に使われたごく短い音楽があったり、そもそもモノラル録音であったりと、あくまでもTV放送用に作られたこれらの録音に対し、鑑賞物としての品質を保証できないとして、冨田勲自身が長らく商品化を躊躇していたという経緯がある。「旧作の掘り起しよりも、進行中の新作、あるいは未来の音楽の創造のために自分の時間を優先したい(※)」とかつて冨田は語っていたという。晩年にも、サラウンド技術による「音場」の追及や初音ミクとの競演など、新しいテクノロジーへの変わらぬ好奇心と開拓精神を我われに見せつけた冨田勲らしい矜持である。
そんな『ジャングル大帝』を含む手塚アニメのオリジナルBGM音楽の商品化に対して、冨田がようやく首を縦に振ったというのが2008年頃。その後7年以上の時間を費やして完成したCD-BOX『冨田勲 手塚治虫作品 音楽選集』が2016年11月に発売されている。『ジャングル大帝』、『リボンの騎士』、『どろろ』、『千夜一夜物語』、『アラビアンナイト・シンドバッドの冒険』、『ビッグX』など、ファンが数十年待ち続けた冨田のオリジナルBGMがようやくCD商品となる時が来たのだ。しかし誠に残念ながら、その発売を待たずに冨田は2016年5月に世を去ってしまう。思いがけず「追悼企画盤」となってしまったこのCD-BOXには、手塚作品と真正面から組みあい、しのぎを削る若き冨田の才気が克明に刻まれている。「手塚アニメ」にひとからならぬ想いを抱いているであろう、「大人のMusic Calendar」世代の皆さんには、ぜひとも体験して頂きたいCD-BOXである。
(※)CD-BOX『冨田勲 手塚治虫作品 音楽選集』ライナーノーツより
【著者】不破了三(ふわ・りょうぞう):音楽ライター、CD企画・構成、音楽家インタビュー 、エレベーター奏法継承指弾きベーシスト。CD『水木一郎 レア・グルーヴ・トラックス』(日本コロムビア)選曲原案およびインタビューを担当。