【大人のMusic Calendar】
アップルと聞いてコンピュータやスティーブ・ジョブズを思い浮かべる人も多いと思うが、アップルと言えばまずはザ・ビートルズ、である。とはいえ、ジョブズが自分の会社をそう命名したのは、“ザ・ビートルズ(とジョン・レノン)好き”が高じてだったというのは有名な話だ。
さて、ザ・ビートルズが、自身の会社アップルの事務所をロンドンに開いたのは1968年4月6日のことだった(4月16日、22日説もある)。当時のザ・ビートルズはどういう状況だったかというと、まず68年2月にニュー・シングル用のセッションが行なわれ、その中から「レディ・マドンナ」が17枚目のオリジナル・シングルとして3月に発売された。レコーディング直後の2月中旬には、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの元で超越瞑想を行なうためにインドへと旅立った。インドへの瞑想旅行は、67年8月のマネージャーのブライアン・エプスタインの死を乗り越え、“現実”を見つめ直すという意味でも有意義な日々となった。また、ニュー・アルバム用の曲作りに励む時間も取れるなど、バンドの行く末を見据える上でも実りの多い旅となった。
一方、アップル設立までの経緯はこうだ。
67年12月の映画『マジカル・ミステリー・ツアー』(アメリカのデザイナー、トム・ウィルクスが描いたアップルのイラスト・ロゴ入り)の制作に続き、12月7日には、ロンドンのベイカー・ストリートに、4人の共同出資によるアップル・ブティックが開店した。洗練された人が洗練されたものを買うという理想を掲げたアップル・ブティックは、小物や衣類、家具、アクセサリーなど、他にはない品揃えで小売業に新たな風を吹かせようと意気込んで企画された。「愛こそはすべて」の衛星生中継放送のときに衣装を担当したデザイナー集団ザ・フールが、外装や内装など店のデザインを任された。
アップルに関してザ・ビートルズが最も力を入れていたのは、やはり音楽部門だった。まず出版事業部門のアップル・ミュージック・パブリッシングが新人バンドのグレープフルーツ(ヨーコの同名の詩集からジョンが命名)と契約。だが、レコード事業はまだ始めていなかったため、デビュー・シングル「ディア・デライラ」はRCAから68年1月18日に発売される運びとなった。そして2月10日にはザ・ビートルズのすべてのビジネス業務がアップルに移されている。その際、レコード部門のチーフとなった元ピーター&ゴードンのピーター・アッシャーが、新人発掘・育成を任された(ピーターはジェイムス・テイラーを発掘する)。その前日(2月9日)にはポールの発案で雑誌や新聞に「この男は才能がある…」というコピー付きの広告も掲載され、大きな反響を呼んだ。
アップルはさらに4月20日の『ニュー・ミュージカル・エクスプレス』紙に、無名のソングライターやミュージシャンを援助したいとの広告を掲載した。そしてロンドンのウィグモア・ストリートにビルを購入した4人は、資本金200万ドルの新会社アップル・コアを設立する。これは67年4月19日に設立された「ビートルズ&カンパニー」という合資会社を改変したもので、事業は、「アンダーグラウンドを援助し、協力し、新しいことに挑戦していく」というポールのコンセプトによる5部門――エレクトロニクス(家電の製造販売)/映画(オリジナル映画の製作配給)/出版(音楽出版を主としたパブリッシング全般)/レコード(レコード制作とスタジオの運営)/小売業(アップル・ブティックの企画と運営)――にわたるものだった。
こうして下地が整い、ジョンとポールは5月以降、アップルの事業のために精力的に動き始める。自分たちの目の届く範囲で、独創的なアイデアを幅広く集結させながらやりたいことを好き勝手にやる――アップルは、ポールの言う「西欧型のコミュニズムの構築」を目指し、レコード部門を中心に70年代に向けての新たな“ビートルズ現象”を生み出す方向へと歩みを進めていく。
そうした中でシングル「ヘイ・ジュード」と2枚組のアルバム『ザ・ビートルズ(通称“ホワイト・アルバム”)』やメリー・ホプキンの「悲しき天使」などが大ヒット。ポールが所有していたルネ・マグリットの絵をヒントにデザインされた“青いリンゴ”は、ドラムに描かれたグループ名のロゴと並ぶザ・ビートルズの象徴的な“意匠”として、21世紀の現在も幅広く認知される存在となった。
【著者】藤本国彦(ふじもと・くにひこ):ビートルズ・ストーリー編集長。91年に(株)音楽出版社に入社し、『CDジャーナル』編集部に所属(2011年に退社)。主な編著は『ビートルズ213曲全ガイド 増補改訂新版』『GET BACK...NAKED』『ビートル・アローン』『ビートルズ語辞典』など。映画『ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK』の字幕監修(ピーター・ホンマ氏と共同)をはじめザ・ビートルズ関連作品の監修・編集・執筆も多数。