太田裕美は「太田裕美」なんだよ
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第4回 太田裕美『満月の夜 君んちへ行ったよ』
最近、ますます加熱するアナログ盤ブーム。そしてシングル盤が「ドーナツ盤」でリリースされていた時代=昭和の楽曲に注目する平成世代も増えています。
子供の頃から歌謡曲にどっぷり浸かって育ち、部屋がドーナツ盤で溢れている構成作家・チャッピー加藤(昭和42年生)と、昭和の歌謡曲にインスパイアされた活動で注目のアーティスト・相澤瞬(昭和62年生)が、ターンテーブルでドーナツ盤を聴きながら、昭和の歌謡曲の妖しい魅力について語り合います。
チャ:……ドーナツ盤のラベルに顔があってもイイじゃないか! 芸術は爆発だ! こんにちは、チャッピー加藤です。
相澤:……あ、私の敬愛する岡本太郎さんですね! 万博つながり! こんにちは、相澤瞬です。
チャ:と言いつつ、ホントに顔があったらヤだけど(笑)。
……で、今回も太田裕美特集なんだけど、改めて前回の内容を振り返ってみると、オレって「かわいい!」しか言ってないじゃん!
相澤:(笑)。でも太田さんの歌声って、本当に奇跡の声ですよね。僕も「かわいい!」ばかり言ってましたもん(笑)。
チャ:だけど今回は「それだけじゃないんだぞ!」、ということを読者のみなさんに伝えたい! さっそく始めますか。
■突然の米国留学→「ニューウェーヴ化」
チャ:さて、今回取り上げる曲は、瞬くんの熱烈なリクエストで、こちら!
チャ:1983年11月21日発売、太田裕美の23枚目のシングル『満月の夜 君んちへ行ったよ』……またニクいところを選んできたね!
相澤:うひゃー! この曲、ウルトラスーパー大好きなんですよ…! 僕好みのサウンドで、ヘビロテです。
チャ:この曲が出たとき、瞬くんは生まれる前だけど、最初に聴いたきっかけは?
相澤:ベスト盤ですね。時代順に並んでるのを頭っから聴いていったら、突然この曲が出てきて、「え、何これ? めちゃくちゃカッコいいじゃん!」って、ハートをわしづかみにされたんです。
チャ:あー。確かにこの曲って、それまでのシングルとまったく毛色が違うし、異彩を放ってるよね。まずは聴いてみますか。(♪ターンテーブルで演奏)
相澤:んー、幻想的だし、ポップだし、声もキュートだし、やっぱり何度聴いても名曲だー!
チャ:いまリリースされても違和感ないし、古さを感じない曲だよね。35年前、すでにこんなことやってたんだよなあ、太田裕美というヒトは。
相澤:これを聴いたことで、僕の“裕美愛”がより決定的なものになりました(笑)。で、この曲が入ってるアルバム『I do, You do』(83年10月)を聴いて「この人はシンガーというより、もの凄い情熱を秘めた作家であり、芸術家だったんだ!」って。
チャ:あー、そういう入り方かー。面白いねー。
相澤:太田さんって、このシングルが出る前に、アメリカに留学してるんですよね?
チャ:そうそう、オレが高1のときだから82年か。突然「休業宣言」して向こうに行っちゃったのよ。
相澤:ちょっとした「裕美ロス」を味わったわけですね?
チャ:うん。行ったのはロスじゃなく、ニューヨークだけどね(笑)。
前の年に、大瀧さん作曲の『さらばシベリア鉄道』と『恋のハーフムーン』が出て、新境地拓いたなーと思ったら、いきなり休業しちゃうんだもん。ちとショックだったな。
相澤:で、この『満月の夜…』が出たときって、どう思いました?
チャ:「あー、そっち行ったんだ」って思った。ちょっと意外だったなー。自分の中では、太田裕美とニューウェーヴは結びつかなかったから。
相澤:あと、作詞の山元みき子さんって、アルバム『I do, You do』の作詞を全曲担当してるんですけど、そのポエティックな世界観も大好きで。
チャ:確かにこの詞が描く不思議な世界は、太田裕美の不思議な声と、絶妙にマッチしてるんだよなー。
相澤:そして程よくライトで、語感も良くて、現代の邦楽の歌詞に通ずるものがありますよね。時代を先読みしている感じがします。
チャ:この山元さんって、のちの「銀色夏生」さんなんだよね。大澤誉志幸『そして僕は途方に暮れる』とか、ジュリーの『晴れのちBLUE BOY』を書いた人だけど、これはいい出逢いだったね。
相澤:あとこの曲って、太田さん自身の作曲じゃないですか。こんな素敵な曲が書けるなんて、そこもリスペクトです!
チャ:アルバム『I do, You do』って『あなたらしく、わたしらしく』ってサブタイが付いてるけど、まさに自分のやりたいことを追求し始めたのがこの頃で、ホント楽しそうに歌ってるよねー。
相澤:そうなんですよ! 太田さんの好きなものがいっぱい詰まったおもちゃ箱、みたいな感じで、このアルバムもヘビロテです。
チャ:この頃に担当ディレクターも変わって、その新ディレクターが今のご主人なんだよね。「作家性」を引き出してくれるパートナーに出逢えたことも、大きかったんじゃないのかな。
■太田裕美は「太田裕美」である
相澤:あと、僕が『満月の夜…』を聴いて思ったのは、それまでのシングルと比べて、明らかに「歌い方」が変わってますよね。
チャ:ふむふむ、特にどんな点が?
相澤:アメリカに行く前と比べて、「超ストレート」になって帰ってきたというか、なんて言ったらいいのかな……もともと太田さんって、歌がものすごく上手いじゃないですか。
チャ:うんうん。
相澤:その「上手さ」が、この『満月の夜…』を境に、技巧的な部分というか、そういうことを一切削ぎ落とした「純粋な歌」にシフトした気がするんです。
チャ:あー、言わんとすることは、わかる。食べ物に喩えてなんだけど、本当に美味い自然の食材って、何も調味料つけなくても、素で美味しいじゃない。
相澤:そうですそうです! このサウンドにもマッチさせるためだとも思うんですけど。プレーンになったというか。
チャ:また前回の話に戻るけど、圧倒的にかわいい声が、純化されたことで、さらにかわいくなったってことだよね?
相澤:さらにかわいくなりました(笑)。あと、太田裕美さんには本当にいろいろ影響を受けてるんですけど。僕が参考にさせてもらっているのは、その絶妙な「立ち位置」なんです。
チャ:ああ、そういえば当時よく、「太田裕美は歌謡曲なのか? それともニューミュージックなのか?」「アイドルなのか、アーティストなのか?」みたいな言われ方をしてたなー。
相澤:それです!……僭越ですけど、僕も色々な「中間点」にいたいんですよ。
チャ:なるほどねー。アイドルとアーティストの中間を行く歌手って、今じゃ別に珍しくないけど、太田裕美はその先駆だったなー。ピアノ弾き語りをする一方で、グラビアにも出てたし。
相澤:そういう意味でもリスペクトですし、憧れます。
チャ:てかね、「太田裕美はアイドルか? アーティストか?」って、そもそも不毛な論議であって、太田裕美は「太田裕美」なんだよ。
相澤:あー、まさに!
チャ:ご本人は常に「自分らしくありたい」と思って活動していただけで、その結果、どこにもくくれない存在になった。つまり太田裕美という存在自体が、一つのジャンルなんだよね。
相澤:あのかわいい声は、唯一無二ですもんね…。
チャ:そう、並ぶ者がいないし、並べない。彼女の曲って、レコードで聴くとよくわかるけど、どれも「音が厚い」のよ。
相澤:確かに言われてみれば、そうですね!
チャ:それはスタジオミュージシャンも、エンジニアも、アレンジャーも、ディレクターも、みんな頑張っちゃうからで、つまりは声の魔力ゆえですよ。
相澤:そりゃ頑張っちゃいますよ! わかります!
チャ:……てなわけで、いろいろ語ってきたけど、今回も結論は「太田裕美はかわいい!」ってことで、よろしいでしょうか?
相澤:(笑)。異議なしでございます!
……次回は、セイントフォー『不思議TOKYOシンデレラ』について二人が熱く語ります。お楽しみに!
【チャッピー加藤/Chappy Kato】
昭和42年(1967)生まれ。名古屋市出身。歌謡曲をこよなく愛する構成作家。好きな曲を発売当時のドーナツ盤で聴こうとコツコツ買い集めているうちに、いつの間にか部屋が中古レコード店状態に。みんなにも聴いてもらおうと、本業のかたわら、ターンテーブル片手に出張。歌謡DJ活動にも勤しむ。
好きなものは、ドラゴンズ、バカ映画、プリン、つけ麺、キジトラ猫。
【相澤瞬/Shun Aizawa】
昭和62年(1987)生まれ。千葉県出身。懐かしさと新しさを兼ね備えた中毒性のある楽曲を、類い稀なる唄声で届けるシンガーソングライター。どこまでもポップなソロ活動、ニューウェーヴな歌謡曲を奏でる「プラグラムハッチ」、 昭和歌謡曲のカバーバンド「ニュー昭和万博」など幅広く活動。
好きなものは、昭和歌謡、特撮、温泉、お酒、うどん、ポメラニアン。