ユーミンが詞を提供した沢田研二「ウインクでさよなら」がリリース
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1976年5月1日、沢田研二の「ウインクでさよなら」がリリースされた。沢田のソロ・シングルとしては通算16作目にあたる。
沢田研二にとっての1976年は、音楽的には「凪」の状態だったと言えるかもしれない。前年75年は「時の過ぎゆくままに」の大ヒット、翌77年も「勝手にしやがれ」の大ヒットと日本レコード大賞受賞と派手な時期に挟まれ、やや活動が地味に思われる期間でもある。プライベートでは、某事件による謹慎期間もあり、これにより年末の賞レースや『紅白歌合戦』出場も辞退するなど、いろいろと騒がしい年だったこともあるだろう。だが、それ以上にこの75年はフォーク、ニュー・ミュージックの波が日本の音楽シーンに押し寄せてきたこともあり、沢田もまたその流れに対応し音楽面でも方向転換を図っていた模索期でもあるのだ。
「ウインクでさよなら」も方向性の変化を顕著に現す1曲だった。作曲はこれまで「危険なふたり」「追憶」などを手がけてきた加瀬邦彦だが、作詞には荒井由実を初起用している。ユーミンは前年秋に、バンバンに提供した「『いちご白書』をもう一度」と自身の「あの日にかえりたい」が連続してオリコン・チャート1位に輝き、旧作アルバム3枚が飛ぶように売れ、この76年も前年からのブーム状態が続いていた。そんな中での沢田研二への楽曲提供であったのだ。
沢田が所属していた渡辺プロダクションとユーミンが最初に接点を持つのは、1975年8月25日のアグネス・チャン「白いくつ下は似合わない」の作詞・作曲で、ちょうどこの「ウインクでさよなら」の2ヶ月後には同プロダクションの新人歌手・三木聖子のデビュー曲「まちぶせ」を手がけている。
「ウインクでさよなら」は加瀬得意の軽快なロックンロール・ナンバーだが、歌詞は停滞期にあるカップルの男性が、刺激を求めて別の女性と浮気をしても今ひとつ燃えない、やっぱり恋人はあなただけと彼女の元に気持ちを戻すまでを歌った楽曲である。男が浮気の後ろめたさを自己弁護している内容の歌は、これまでの歌謡詞には存在しなかった斬新な設定で、こういった内容をこの時代に歌えるシンガーは、沢田研二を置いてほかにはいなかったであろう。また、ユーミン自身が75年4月に発表した「ルージュの伝言」のアンサー・ソング的に捉えられることも多い。更に言うなら、ベッドに見慣れぬコンパクトを目撃しても知らん顔する女性、というシチュエーションは、その後82年にユーミン自身が「真珠のピアス」で、裏返した設定で用いている。こちらは恋人の男性に別の女性の影を感じたヒロインが、2人で暮らした男の部屋のベッドにピアスをこっそり捨てていくといったもので、3曲続けて聴いてみると、まるで男女が優位にマウントを取り合っているようにも思え、最後は「クールなフリをして実際は怒り狂っていたのか!」と「ウインクでさよなら」の主人公が知ることになるわけである。
B面の「薔薇の真心」もやはり荒井由実=加瀬邦彦=東海林修のトリオによる作品で、こちらもユーミンらしい、ロマンチックな恋愛哲学が歌われている。
沢田研二はちょうどこの半年前、アルバム『いくつかの場面』で加藤登紀子、及川恒平、西岡恭蔵らフォーク、ニュー・ミュージック寄りの作家を起用しており、既に方向転換を試みていた。その最たるものが大瀧詠一作の「あの娘に御用心」で、リハのテイクをミックスに使用したとか、沢田の日本語が不明瞭になったため、渡辺プロ側がシングル化を諦めたとか、種々のエピソードを残した作品だが、このアルバムを契機に、沢田は折からのニュー・ミュージックの風を取り入れるようになる。76年9月10日発売の「コバルトの季節の中で」と、同曲を含む同年12月1日発売のアルバム『チャコール・グレイの肖像』はすべて沢田の自作曲。こうしてみると75年末から76年末までの1年間は、沢田研二がニュー・ミュージック勢との邂逅を機に、シンガー・ソングライター的な方向性も模索していた時期と呼べる。奇しくも同じ渡辺プロダクションの、年齢もキャリアもほぼ同じ布施明が、75年に小椋佳の提供による「シクラメンのかほり」でフォーク、ニュー・ミュージックに接近し、76年10月の「落葉が雪に」とそれを含む77年リリースのアルバム『そろそろ』で全曲自作曲に挑んだのと機を同じくしているのだ。
また、余談だが変化といえば「ウインクでさよなら」の沢田はカーリーヘアである。この髪型は珍しいが、ファンには不評だったようで、すぐ元に戻していた。
ちなみに沢田研二とユーミンの関わりでは、78年にフジテレビ『ミュージック・フェア』で2人が共演した際に、ユーミンから沢田へのプレゼント曲として「静かなまぼろし」を提供、ユーミンのピアノで沢田が歌ったことにも触れておきたい。ユーミンは「君をのせて」のイメージで曲を書いたそうで、同年に自身のアルバム『流線形’80』に歌詞を一部変えて収録したが、沢田はその11年後、89年のアルバム『彼は眠れない』でようやく初収録となった。ユーミン版とジュリー版では、女性と男性で人称も異なっており、聴き比べるのも楽しい。
沢田研二「ウインクでさよなら」アグネス・チャン「白いくつ下は似合わない」三木聖子「まちぶせ」ジャケット撮影協力:鈴木啓之
【著者】馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70~80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。近著に『昭和歌謡職業作曲家ガイド』(シンコーミュージック)がある。