サンキュータツオと吉田アナによる、会場どよめくオタク史30年話からスタート
ふだんは演芸ファンが集まる浅草・東洋館で、第18回目を数え、いよいよ長寿イベントになりつつある「声優落語天狗連」に、今回も200名を超える男性声優ファン、アニメファンが集結。客席を見渡すと、いつもより年配のお客さんが多く感じられたのは、実力派・橘家圓太郎師匠ファンが多数足を運んでくれたからなのか。若い女性だけでなく、老若男女の幅広い層が集い、いつも以上に賑やかな雰囲気が東洋館に漂っていた。
19時には、おなじみのMC陣──ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記と、数々の著書を持つ“学者芸人”・サンキュータツオが登場。自己紹介と本イベントの主旨を紹介し、近況トークへ。この日の声優落語チャレンジに登場する木村 昴が出演する『ヒプノシスマイク』になぞらえて、「僕らもMCと呼ばれて2人揃ってますから、本当はバトルしなきゃいけないんですけど(笑)、どっちかというと“対談”とかしちゃいますからね」と吉田が言い、タツオと吉田が『平成オタク30年史』(新紀元社)という本のために行った対談エピソードが語られる。
タツオの分類では、オタクは、オタクが迫害を受け犯罪者予備軍と言われていた「戦前派」、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』から『らき☆すた』くらいまでの「戦中派」、オタクであることを人に言えるようになった「戦後派」に分けられるのだそう。ちなみに、「戦中派」である2人の対談中には、オタク文化に一番変化を与えた作品として吉田が『魔法先生ネギま!』について熱く語ったそうだ。それまで多くの女の子が出てくるラブコメがあったなかで、クラス31人の女の子全員がヒロインキャラクターになる作品は初だっただけでなく、アニメ『ネギま!』を担当していたキングレコードのディレクターが実は熱心でアイドルファンで、AKB48がキングレコード所属になり、握手会システムで大成功を納めたのは、元『ネギま!』ディレクターの尽力あってこそだという裏話に、会場からは驚きの声が挙がる。
木村昴への落語チャレンジオファーは「勢い」で
そこからトークは、この30年間作られ続けているアニメコンテンツは何か? 『ドラえもん』がそうだ!」という話も登場し、『ドラえもん』に2代目ジャイアン役で出演している、本日の声優落語チャレンジャー・木村 昴とのエピソードへ。木村に落語オファーをしたのも白泉社のイベントで吉田×木村でヒップホップマンガについて“対談”したことがきっかけ。吉田がその楽屋で出演交渉をしたそうだ。
そしてMC2人の話は、“『ドラえもん』劇場版の主役はジャイアンじゃないか?”説を展開。「劇場版でジャイアンがいい人なので、テレビシリーズを観ていてもジャイアンがいい人に思えてしまう」と吉田が言うと、「それはDV被害者の女性と同じ心理では?(笑)」とタツオが分析、会場は爆笑に包まれる。さらに、ジャイアンといえばいじめっ子の代表だが、落語ではどうなのかという話題も。
タツオは「落語にも弱者や立場の弱い人はたくさん出てくるが、なんだかんだいって強者と同じコミュニティのなかで上手くやっている話が多い」と紹介すると、吉田は、落語のなかでは弱者を「ボコボコ殴る人が出てきても、なぜか憎めない。これはジャイアンと同じ」と説明。なお藤子・F・不二雄は落語好きで、作品にも落語ネタをたくさんフィーチャーしており、同様に落語にも、動物がいきなり喋り出すような、アニメっぽい演目は多数あるとタツオ。改めて、本イベントの核となる“アニメと落語の相性の良さ”を語った。
MC陣の爆笑トークに続いては、木村昴が今日の本番を迎えるまでに行った落語の稽古の様子を伝えるダイジェストムービーを上映。落語初心者でありながら、アロハシャツを着込んで貫禄満点の木村と、これまで100人以上の声優・タレントに稽古をつけてきた稽古番・立川志ら乃師匠とのやり取りは、本番への期待感をますます高めた。そしていよいよ、吉田アナが「まさにジャイアンリサイタルですよ!」と例えた声優落語チャレンジへ。
これぞ熱演。ジャイアン声優・木村昴による落語リサイタル!
大きな拍手で迎えられた木村は、「28歳、木村昴でございます!(ムービー鑑賞中に)チンピラなんぞと言われてましたけど、気にしませんよ! そうだなぁとも思います、なんでアロハシャツ着て稽古しちゃったかな!」と元気いっぱいに話し始める。「今日は存分に、私の落語バージンを見守っていただけたら!」と客席をいじり、落語の「死神」を題材にしたという主宰劇団「天才劇団バカバッカ」最新公演の告知をしながら、「これが本当のマクラ営業!」とギャグをかますなど、ベテラン感すら感じる軽妙なマクラに、さっそく客席は笑いに包まれる。
そんな木村の演目は、「強情灸」だ。熱いと評判の灸をすえにいった男が、友達にその時の様子をドヤ顔で自慢するが、聞かされたほうは面白くない。自慢する男に張り合って、俺はもっとすごいんだぞと、とてつもない量のもぐさを腕に乗せて火を点けたが……? という、強情で負けず嫌いの江戸っ子2人を描いた滑稽噺だ。序盤から、快活な江戸っ子をテンポよく演じていく木村。噺の序盤では、お灸の店のおかしな先生や、店で出会った女の色っぽい仕草や口調を、派手なアクション全開で演じ、爆笑を誘う。途中、『ドラえもん』のひみつ道具が登場したのも、木村ならではのくすぐりだ。後半では、この噺の一番の見せ場──巨大なもぐさに火をつけて灸の熱さを懸命に我慢する男の様子を、顔を真っ赤にしながら、志ら乃師匠ゆずりのオーバーアクションと顔芸で怪演。ド大迫力で演じきった。
堂々たる木村の高座に、タツオは「(初落語の)初々しさのかけらもない! 熱演!」、吉田アナも「濃かったね~、ストレートに面白かった! (登場人物の)バカふたりは、規模の小さなジャイアンと大きなジャイアンだった」と感心しきり。タツオいわく、「強情灸」はモノローグの多い演目だけに、うかつにやると冗長になりがちだが、木村の噺にはとても引き込まれたと言い、木村が演じる濃く暑苦しい登場人物だけが出てくる“全力まんじゅうこわい”が見てみたいと語っていた。
さらに、この日はスケジュールの都合でイベントを欠席し、木村の本番を見ることができなかった立川志ら乃師匠からのビデオメッセージも届けられた。「皆様、こんばんは、森久保祥太郎です」と、本イベント前日に事務所立ち上げを発表した声優界のニュースネタをフィーチャーした志ら乃師匠に、会場は大爆笑。改めて木村も、最初はド頭からハイテンポでハイテンションにやっていたので、良きところに落とし込むのに苦労したと言い、「(志ら乃師匠が)根気よく付き合ってくださって、丁寧に細かく教えてくださったので、ちょっとは形になったんじゃないかと思います」と稽古を振り返った。
じつは木村は、ドイツから帰国後、中学生くらいからしょっちゅう東洋館や浅草演芸ホールに通っていた、大の演芸好き。2ヵ月ほど前に、NHK『探検バクモン』のナレーションの仕事で、東洋館の楽屋風景を見たばかりだったこともあり、「今日、自分がその楽屋に入れるなんて!」と感激したという。それだけではなく、木村は以前、モノマネ芸人としてテレビに出ていたこともあったそうで、アナウンサーの吉田、芸人のタツオを相手に丁々発止のやり取りで面白トークを連発し、タツオからは「久しぶりに“お調子者”を見た!!」との発言も。「僕ももっと落語やりたいです! やるー!」と木村が大声で宣言し、大きな拍手が贈られた。
橘家圓太郎師匠による「化け物使い」がアニメファンをファンタジーの世界へ誘う
声優による初めての落語の後は、プロの落語家による口演だ。落語家のブッキングを担当するタツオが、「木村くんの噂は聞いてましたから、それに勝てる人を! と思い、落語界一の武闘派をお呼びしました。“ザ・落語家”という感じの、大好きな師匠です」と紹介したのは、8代目 橘家圓太郎師匠。演目は「化け物使い」。「ふんわりした噺なので、アニメ好きな人にも楽しめる。最後はどうなるんだろうと思いながら観てください」と、圓太郎師匠を呼び込んだ。
「いろんなところで落語をやりますが、今日くらいやりにくいことはありません。(木村が)あれだけやって、では本物の落語を! と言われて……地獄のようです」というぼやきに、さっそく大きな笑いが起きる。圓太郎師匠は楽屋で着替えながら、会場の沸きっぷりを聞いていたそうだが、笑いの内容に全くついていけず「今も舞台の袖で聞いてたんです、森久保祥太郎って誰ですかー!?」と、カルチャーショックを受けていたそうだ。日本語が分からない外国人女性たちを前に落語を披露したエピソードなど、毒舌交じりの爆笑マクラを挟みながら、「化け物使い」の本編へとなだれ込む。
「化け物使い」は、小言が多く、人使いが荒すぎて使用人が居つかない本所のご隠居の下に、田舎者の杢助が使用人としてやってきたところから物語は始まる。偏屈なご隠居の下で辛抱強く3年間働き続け、家族同然となった杢助。だが、ご隠居が激安な家を買って引っ越すことを決めたと聞いて、「そんな家には、絶対に化け物が出るんだ、ついてはいけない。お暇を頂戴します」と辞めてしまうだった。新居で夜を迎えたご隠居、カラダがゾクゾクとしたと思ったら、そこに現れたのは一ツ目小僧。ご隠居は、驚くどころか「よく来たな、働いてもらうぞ!」と、あれやこれやと用事を言いつけ、一ツ目小僧をこき使っていると……?
口うるさく頑固なご隠居が、ポンポンと景気よく放っていく小言が痛快なこの噺。圓太郎師匠のご隠居は、口はとことん悪いが、じつはとても面倒見が良い、人間味にあふれた人物であることが、杢助とのやりとりひとつからもよく分かる。後半、一ツ目小僧が出てきてからは、ほとんどがご隠居の小言のモノローグで進んでいくのだが、言葉の端々から、オドオドしながらご隠居にこき使われ、困り果てている一ツ目小僧の様子がありありと目に浮かぶ。爆笑の連続の中で、聴く者の心をほっこりさせてくれる「化け物使い」だった。
木村昴の落語を見た橘家圓太郎師匠は……
口演後のMC陣とのトークで圓太郎師匠は、「化け物使い」の良さは、「文句をずっと言ってても、イヤな感じがしない人が、昔はわりと多かった。最近は、(小言に対しても)正当性を主張する人ばかり。“こっちは間違ってない!”と言わない人たちが出てくるのが、楽しい噺」と解説してくれた。この日のトークもそうだったが、二ツ目時代の圓太郎師匠の高座を観たことがあるという吉田アナいわく、圓太郎師匠は昔から、高座でも歯に衣着せぬ発言が多かったそう。そんな圓太郎師匠だからこそ、憎めないご隠居が、よりリアルに感じられたのかも知れない。
ここで再び、木村 昴もステージへ。圓太郎師匠の落語を寄席で聞いていたという木村は、「今日はお会いできて光栄です」と恐縮しきりだ。そして木村の落語について圓太郎師匠からは、「寄席育ちじゃない人の落語って、ちょっと違和感があるんですね。志ら乃さんが(稽古動画で)言っていたように、お芝居に入り込み過ぎちゃうと、イヤだったりすることがあるんです。ところがね、(木村は)落語と戯れている感が、落語をリスペクトしていて、袖で観ていて楽しかったですよ」とお褒めの言葉が! さらに、「すごく達者なマクラを話しながらも、手を組んじゃってた。緊張している姿がとってもかわいかった(笑)。本当に良かったです」と圓太郎師匠。木村も「(志ら乃師匠に)落語は想像させる芸だと教わったんですが、(圓太郎師匠の『化け物使い』は)情景が浮かんで、一ツ目小僧がめちゃめちゃ見えたんですよ。やっぱりこの方々はすごいと思いました」と、プロの話芸に感嘆。今回、初めて落語を観た人も多い観客に向けて、「寄席には面白い人がいっぱいいるんです。ぜひ皆さんも、寄席というフィールドに足を運んでみてください」と圓太郎師匠はメッセージを寄せた。
次回の「声優落語天狗連 第十九回」は、今冬開催予定。今度は、どの声優が初落語に挑戦するか、詳細は随時、「声優落語天狗連」公式Twitter(@seiyu_to_rakugo)にアップされるので、ぜひチェックを!
TEXT BY 阿部美香