アニメ『昭和元禄落語心中』をきっかけに生まれた「声優落語天狗連」は、アニメ×落語をコンセプトに、声優が初めて落語に挑戦する「声優落語チャレンジ」と、プロの落語家による“本物の落語”が生体験できるイベントだ。その「第十六回」が、三社祭まっただ中の2018年5月20日(日)、おなじみの浅草・東洋館で行われた。
「アニメオタク」で「落研出身」のサンキュータツオと吉田アナによるトークの応酬からスタート
イベントのスタートは、MCを務めるニッポン放送・吉田尚記アナウンサーとお笑いコンビ「米粒写経」のメンバーで日本語学者・芸能研究家としても活躍するサンキュータツオのトークから。吉田いわく「落語の前に第0部として、僕とタツオさんがアニメの話をする」ことでおなじみのこのコーナーは、毎回、ふたりの欲望の趣くままに、マニアックな話題がガンガン飛び交うのが魅力だ。
この日、最初に盛り上がったのは、著作やコラム連載を多数手がけるサンキュータツオの文章が、今年初めて中学受験と大学受験の試験問題に採用されたという話だった。ちなみに、受験問題への採用は、問題文の漏洩を防ぐため、著者本人にも事前に一切知らされず、試験後に通知が来て、後に出版される問題集に使用するための著作権許諾書類にサインするのが通例なのだとか。
試験問題になったのは、『栄養と料理』という月刊誌連載の抜粋。辞書マニアであり『広辞苑』第七版の執筆者のひとりでもあるタツオが、「食べ物に関する言葉が辞書にどう書かれているか?」を解説している記事だ。タツオいわく、「例えば“箸”を“食べる道具”と書くと、(火葬場で)焼いた骨を拾うのは、食べる行為じゃない。菜箸で、ものは食べない」など、上手く定義できなくなるため、「どの情報を切り取って、各辞書で記述しているかを読み比べると面白い」のだそうだ。なお、大学院の先生には「大学の試験問題に使われる文章は悪文。良くわからない文章だから問題になる。試験に使われたら反省しなさい」と言われたらしい。
じつは吉田の著作も入試問題に使われたことがあるそうだが、「著者はこの時、何が言いたかったのか?」という問題の答えが、「自分でわからなかった。4択のなかに適した答えがなかった!」と告白し、爆笑を誘っていた。
そして話はやっと本題へ。本イベントの目玉、「声優落語チャレンジ」に登場するのは、『バジリスク〜桜花忍法帖〜』や『うしおととら』などで主演を務め、女性ファンには『KING OF PRISM by PrettyRhythm』の香賀美タイガ役などでおなじみの畠中 祐。彼が初めて落語に挑戦する「真田小僧」は、本イベント第4回で古川 慎が披露したしたこともある演目で、「同じ噺を違う人で演じ分ける楽しみも感じてほしい。稽古をつける人も一緒(立川志ら乃師匠)ですが、これほどまでに印象が変わるのかと思うところがたくさんある話」とタツオ。
なお吉田は、畠中に出演オファーした理由を、「誰がどう見ても、噺家の格好が似合いそうだったから。畠中くんは前座にいそう」と説明。畠中が声優業界で森山直太朗に似ていると評判なことにも触れ、「前座やってて、今日だけこれを観に来た森山直太朗さん(笑)」と紹介する。
そしてスクリーンでは、計5回行われた稽古の3回目までのダイジェスト映像を上映。生真面目でたどたどしかった畠中が、志ら乃師匠の指導により、段階を踏んで落語らしい語りを身につけていく様子がよくわかる。「いろんな声優を稽古している志ら乃師匠のさじ加減を本番で確かめてほしい。気持ちの準備はよろしいでしょうか? 迷ったら笑う! これでお願いします!」とタツオが前振りをして、いよいよ畠中の口演へ。
ド緊張の声優・畠中祐による落語チャレンジの結果はいかに……
落ち着いた足取りで高座に上がった畠中は、「どーも、畠中祐と申します、よろしくお願いします!」と元気よくお辞儀。「もう……おふたりのトークが止まんねぇよ!」と、くだけた様子で噺を始める。「真田小僧」は、父親が口の上手い小さな息子に小遣いをどんどん巻き上げられていく滑稽噺なのだが、「よく、小児は白き糸の如し……子供は1本の白い糸のように真っ白で、いかようにも染まると言われますが、それはどうかなぁ。俺は子供の頃、そんなじゃなかった気がする」と言い、母の日に母親と食事をしたら「お前は本当にダメなやつだった!」と散々言われてしまったエピソードで笑いを誘う。
そんな話をマクラにスタートした「真田小僧」は、序盤から客席を大沸きに。父親がいないときに母親が不倫相手を家に連れ込んでいた! と匂わせる話を細切れに聞かせ、「この先を聞きたいならお足(=金)をおくれ」とせびる息子の金坊と、どんどん金を支払ってしまう父親。頭の回る無邪気な子どものかわいらしさと、口車に乗せられてアタフタする父親の愉快なやりとりが、活き活きと演じられた。
口演が終わり、吉田とタツオに感想を求められた畠中は、「いや~、緊張したっちゅーかなんちゅーか……吐きそうでしたね!」と振り返り、「ほんと、終わって良かった」とホッとした表情に。吉田は「まるで、ソーシャルゲームでおとっつぁんが次々に課金していき、CGを回収していくようだった」と言って、「(畠中が)ハメられ慣れている。困るのが似合う人だ!」と指摘。
タツオも「演者によって(おとっつぁん)は、堂々とのみ込まれていくタイプと、手玉に取られていくタイプがあるけど、手玉に取られっぷりが最高」と拍手。畠中も「(おとっつぁんは)最初は金坊にむかついてイライラしてるけど、我が子がかわいいからお金をあげちゃう。絶対、僕に子供ができたらダメだと思いました(笑)」と、自分が父親側にいかに感情移入できたかを語っていた。
稽古番の立川志ら乃師匠も、爆笑を取っていた畠中に「ウケすぎだよ。私が教えたってことを忘れちゃ困るな」とニヤリ。稽古を振り返って、「彼は都会に住む野生児。芸能一家に育ったとは知らなかったが、子供の頃から芸能に浸かっている匂いがしたんですよ。最初から上手くいったけど、23歳にして芸歴が長い人と同じ悩みを持っていて、その症状が落語に出る。頭でっかちで何かをやろうとして崩れるタイプ」と分析したうえで、「でも今日のバランスは素晴らしかった。こんなに落ち着いて、しかもトーンを落とさず話していてビックリ。やっぱり本番に強いんだね」と褒めていた。
その畠中は、「この1〜2週間は落語に染まりすぎて、ラジオの喋り方もおかしくなったくらい。師匠のダメ出しが、芝居でダメ出しされていることと一緒だったから、前につんのめりすぎないようにするには、練習するしかない」と思い、一生懸命、自主練習に励んだそう。各自の個性を見極めて伸ばすために、「ああしろ、こうしろ」と細かく言わない志ら乃師匠の指導法には面食らっていたようで、「最初は師匠が何も言ってくれなかったから、俺、嫌われてるのかなと思った!」と告白。すると師匠がポツリと「嫌いではないです(苦笑)」。そんなふたりのやり取りを見ていたタツオが、「今、ちょっと萌えました(笑)」と言うと、再び客席は大爆笑に包まれた。
そんな畠中の「鮮烈なデビュー戦」(by タツオ)に続いては、こちらも本イベント2度目の登場となる、奇才二ツ目・瀧川鯉八の口演だ。誰も真似できないユニークな創作落語で注目される鯉八を、タツオが「 “落語らしさ”は1回忘れてください。これから登場するのは、ニュータイプ。アムロ・レイです」と紹介。
さらに「最初は“これ落語なの?”と戸惑うかもしれませんが、ちゃんと聴いていればわかります。鯉八さんが言うには、自分のことを“中の下”だと思っている人に向けて(新作落語を)作っているそうです。自分を見る鏡だと思え!」と言って、高座を鯉八に渡した。
アニメファンがハマる奇才の二ツ目・瀧川鯉八、『声優落語天狗連』に再び登場!
リズミカルな出囃子にのって高座に上がった鯉八は、キュートに「ちゃおっ」と挨拶。前回の鯉八出演時に落語に挑戦した「五十嵐(雅)さんも今回の畠中さんも、袖で見ていてまぁ素敵だなと。勇気もらいました。今のトークで志ら乃師匠の噺を聴いていて……偉そうにと」と、独特の口調でにこやかに冗談を放つと、客席がどっと沸く。それを聞きつけた志ら乃師匠がステージに登場し、鯉八を指さしながら無言で睨んで去って行く。すると、おもむろに「僕は彼(志ら乃)に……ゲラウェイ! としか言えませんが」と鯉八。プロの落語家同士の息の合ったツッコミ合戦に、笑いの渦が巻き起こった。
ゆったりとした独特の間合いと飄々とした語り口で、「僕の落語には、感動も熱演もございません! ただ面白いだけ!」と言い放ち、初っ端から摩訶不思議ワールドを展開する。この日の演目は「おはぎちゃん」。これは、おはぎちゃんと彼女をひたすらちやほやする男たちが、「おはーぎちゃーん」「はーい」と延々呼び合う“だけ”の噺だ。鯉八独特の語り口にユーモラスな身振り手振りを交えて延々と繰り返されるおはぎちゃんと男たちの会話には、風刺に満ちたブラックな匂いも漂っている。“ストーリーらしきストーリーもなく、とらえどころのないまま、ずっと爆笑させられてしまう”、なんとも不思議な空間がそこにあった。
「すごすぎる! 『シン・ゴジラ』を観たときのよう。おはぎちゃんという地下アイドルがどこかにいそう」と吉田も驚嘆した鯉八ワールドは、「鯉八さんの噺に共通しているのは、現代の寓話。深読みをすると、笑っているうちに“これはもしかして、ああいうことでは?”と思わされる」とタツオ。再び登場した鯉八と客席とが、「おはぎちゃーん」「はーい」のやりとりを始めれば、志ら乃師匠と一緒に登場した畠中も「おはぎちゃん」コールに参戦。鯉八ワールドに引っ張られながら、ラストの全員トークも異様な熱気で盛り上がる。
鯉八、畠中がお互いの感想を述べ合う場面も、爆笑トークが展開。鯉八が畠中の落語を「あんなにウケる『真田小僧』は見たことがない」と褒めるものの、あまりに飄々と言われるため、肝心の畠中は「どこまでが本気なんですか!? 全然わかんない!」とオタオタするばかりだ。鯉八のマクラのネタにされていた志ら乃師匠も、「鯉八の落語を観ると、俺は20年間何をやってきたんだろうと思うんだよ。人に稽古つけてる場合じゃないって(笑)。これを落語じゃないという人もいるだろう。でも落語なんだよね」と、感慨深い表情で語っていた。
トーク中には、吉田から「畠中くんが、鯉八さんに『おはぎちゃん』を習ってここでやるのもいいですよね」という提案が飛び出したり、現在『銀河英雄伝説 Die Neue These』にラオ役で出演中の畠中に鯉八が「『銀英伝』は知ってます。ラオの声をやるとき、ちょっとだけ小声で“おはぎちゃん”を入れてください」とお願いしたりと、畠中いじりが止まらない状況だったが……果たしてみんなの願いが叶う日は来るのか!?
『BLEACH』の黒崎一護が落語? 次回は、ベテラン声優・森田成一が登場!
そして最後に、次回、7月1日(日)に『声優落語天狗連』第十七回が開催され、「声優落語チャレンジ」に森田成一が出演!と告知されると、会場は割れんばかりの大歓声。『BLEACH』『TIGER & BUNNYほか、数々の名作で活躍する名優が、どんな初落語を披露してくれるのか、こうご期待!
TEXT BY 阿部美香