アニメ『昭和元禄落語心中』をきっかけに生まれた「声優落語天狗連」は、アニメ×落語をコンセプトに、声優が初めて落語に挑戦する「声優落語チャレンジ」と、プロの落語家による“本物の落語”が生体験できるユニークなイベント。その「第十一回」が演芸の聖地、浅草・東洋館にて2017年7月28日に行われた。
司会を担当するのは、ニッポン放送アナウンサー・吉田尚記と、自らもお笑いコンビ「米粒写経」のメンバーで、日本語学者・芸能研究家として有名大学の講師なども務めるサンキュータツオ。イベントはふたりのトークコーナーからスタートした。
アニメと落語好きという異色の二人が出会って生まれたイベント
最初のお題はアニメ×落語。落語や講談などの話芸は、同人作品や“2.5次元舞台”と同じように“見立ての美学”で成り立っていると説明したサンキュータツオ。アニメ界の“見立ての美学”の好例として、自転車レースをハンドルだけを持って再現する舞台『弱虫ペダル』を紹介し、「『弱虫ペダル』の御堂筋翔に微妙に似ている」と自ら告白した吉田尚記が、モノマネをしながら“ペダステ”を着物姿で熱演し、会場を沸かせる。
次なるお題は、「講談」とは何か。サンキュータツオによれば、「落語と講談は兄弟のような関係」で、「釈台を前に講談師が張り扇でリズムを取り、物語を気持ちいい日本語で喋るもの」が講談。「テレビやラジオがなかった時代、朝の連続テレビ小説のように10日間、20日間におよぶ長尺の物語を毎日見せ場を作りながら、武士や侍、偉人の話を聞かせた寄席のビッグコンテンツ」だと解説する。さらに、講談にもなった落語を多数創作した初代・三遊亭圓朝のエピソードを紹介しながら、そんな伝統ある講談界で「この人を聞いておけば講談界を俯瞰できる」実力派がこの日のゲスト・神田松之丞で、「夏は幽霊、冬は忠臣蔵が講釈師の本懐。だからこそ、この7月に松之丞さんを呼んで講談の魅力に触れてもらいたかった」と語った。
声優・帆世雄一が立川志ら乃師匠のもとで学んだ『壺算』を披露
続いては、本イベント恒例の「声優落語チャレンジ」のコーナー。今回の挑戦者は、『あんさんぶるスターズ!』(守沢千秋 役)や『A3!』(古市左京 役)で人気の声優・帆世雄一だ。本イベントの稽古番・立川志ら乃師匠との稽古の様子をまとめた約3分のムービーが流され、帆世が「壺算」を口演することが明らかになると、「前座噺はたくさんあるが、『壺算』をやる前座は観たことがない」と吉田アナ。サンキュータツオは、『壺算』を「90年代後半、(春風亭)昇太師匠が始めてから、やる人が増えた」噺で、落語好きだった藤子・F・不二雄先生が、あの『ドラえもん』で『壺算』を引用したマンガを描いたことでも有名だと紹介して、「声優落語チャレンジ」がスタートした。
実家の呉服店を継いだ妹さんの手縫いの浴衣で登場した帆世さん。この日、演じられた『壺算』は、悪知恵の働く兄貴分と、ちょっと抜けた弟分のふたりが、ある瀬戸物屋に二荷入りの水瓶を買いに行くところから物語は始まる。わざと半分量の一荷入りの水瓶を一度買い、払った料金と一荷入りの水瓶を下取りさせる金額を巧妙に足して計算して主人を騙し、結局、最後はタダで二荷入りの水瓶を手に入れるという、二重計算による料金紛失トリックを使った詐欺噺だ。
帆世雄一は額に汗をにじませながら、主人を騙すために強気で理屈をまくし立てる兄貴分、兄貴の騙しの手口に気づかないのんきな弟分、表面上の計算は合っているのに手元に正しい金が残らず、何度も計算をしてパニックに陥いる瀬戸物屋主人を、豊かな表情と大きな身振りで熱演。観客にスムーズに計算トリックを理解させるのが難しい『壺算』を、見事に話しきった。
ここからは、立川志ら乃師匠も交えてのトークタイム。司会の2人は、落語初心者とは思えない落ち着いた高座ぶりを「すごい!」「良かった!」と激賞。志ら乃師匠は、「帆世さんは、今まで教えた声優にはいなかった、勢いで崩壊することが絶対にないニュータイプ。最初から驚くほど安定感があった。わずか2週間ほどの稽古で、キャリア7年、8年の落語家が味わう、その上を目指す苦悩を体感していたはず。他の噺も試したいね」と、クオリティの高さを称賛。帆世さんも今回の落語への取り組みを、「丁寧に人物のリアクションをとるのが大事と教わりましたが、それこそが今、芝居でぶち当たっている壁と重なる。とても勉強になりました」と言い、落語を続ける意欲を見せていた。なお帆世雄一は、落語の言葉遣いに慣れるため、食事のときに料理を江戸っ子口調で説明しながら食べていたそう。「食事がめっちゃ美味しく感じました! おすすめです!」とのことなので、皆さんもぜひお試しを!
チケット入手困難な人気講談師・神田松之丞が怪談を
そしていよいよイベントは、講談界の至宝・神田松之丞の高座へ。マクラの面白さも群を抜いていると評判の松之丞は、「とにかく今、講談は……危ない時代なんです。それはなぜか。何を言ってるか……分からないからなんですね!」といった“講談おもしろあるある”を交えて、巧みな台詞回しとリズミカルな話術で爆笑を誘い、講談の世界を紹介。江戸時代に講談で怪談がよく語られたのは、侍に逆らえなかった町民が、幽霊が侍に復讐する話にカタルシスを得ていたからだという解説に続いて、『真景累ヶ淵』の本編へと話は進んでいく。
『真景累ヶ淵』は三遊亭圓朝が創作した怪談で、酒乱の旗本の深見新左衛門が、高利貸しの鍼医・皆川宗悦を切り殺し、その因縁がそれぞれの子孫を次々と不幸に陥れていく話だ。すべてを語ると非常に長いため、落語も講談も各エピソードを単体で口演することが多く、この日演じられたのは、発端の話「宗悦殺し」の一席だ。照明を落とした舞台で、松之丞は滑らかな語りで絶妙な間合いを作りながら、深見新左衛門への宗悦の復讐劇を、緊張感たっぷりに切々と語っていく。空気を切り裂くような張り扇の響きとともに、宗悦に刀を振り下ろす新左衛門の迫力は圧巻。宗悦の亡霊により乱心し、殺戮を繰り返して非業の死を遂げる新左衛門の鬼気迫る描写に、鳥肌が立った。
迫力満点の高座のあとは、松之丞を迎えてトーク。司会2人の絶賛を浴びて再登場した松之丞は、「東京で、僕を初めて聞く方々の前で講談をやるのは珍しい、光栄です。声優さんの落語も、2週間であれだけできるのはすごい。お客様もとても温かくて、ありがたい機会を得ました」とコメント。松之丞は立川談志の大ファンの落語好きだったが、講談は宝の山だと思い、自分は講談師になろうと思ったという経緯も語られた。
最後は、志ら乃師匠、帆世雄一も舞台へ。帆世は松之丞の高座について「僕はナレーションの仕事が多いんですが、今、松之丞さんを拝見して、講談を参考にしようと思いました」と言い、言われた松之丞は、「今度、なぜかカメレオンのキャラクターに声を入れることになったので、帆世さんには声優のことをいろいろ教えてほしい」とエールを交換。志ら乃師匠も、さんざん松之丞に冗談交じりの毒舌を吐きながら、「こいつがすごいのは分かってるよ」と、ちょっと悔しそうに(?)語っていた。
帆世雄一の素人はだしの落語と、今をときめく神田松之丞の講談が一緒に楽しめた『声優落語天狗連』。次回、第十二回は、9月24日(日)に開催決定。「声優落語チャレンジ」には、『刀剣乱舞』や『アイドルマスター SideM』に出演している榎木淳弥さんが登場予定となっているので、お楽しみに。
文:阿部美香