いよいよ平成が終わります。そんな平成を、『スポーツ実況』という形で喋り続けている ニッポン放送スポーツ部のアナウンサーに、この平成の30年間を喋り続けてきて、思いの出の実況を語ってもらった。
■今回は、山内宏明アナウンサー
1992年(平成4年)、ニッポン放送入社。1989年平成元年は、「まだ大学生だった。」
■最初の所属は制作部のアナウンサー
- 山内さん、最初、制作部に所属していましたよね
そうだね、4年ぐらい居たね。『僕、このまま制作に居るんだろうな・・・』って、覚悟したんだよ。周りの先輩にも、『「このまま制作に居たら?」なんて言われてた(笑)』。(制作の)中継とかにも出ていたし、夜の番組のレポーターとかもやってたね。
‐ スポーツ部に来ても、デビューまで長かったですよね
そうだね、ずっと実況の練習をしていなかったからね。宮田さんとか、胡口さんとか、先輩アナウンサーについて、ずっと練習をしていたね。最近の人は、すぐに実況できる、凄いスキルがアップしていから、僕が5年位かかったものを、1年位でね...
‐ いやいや、そういう事でもないんじゃないですか(苦笑)
■外国で野球の実況をしたというのは凄い印象に残るよね
‐ 山内さんの中で、《平成》の思い出に残る実況ってなんですか?
やっぱり、外国で野球の実況をしたというのは、凄い印象に残るよね。
まずは、2004年のアテネ五輪・予選のキューバ戦。この試合は、五輪の野球で、日本代表が初めてキューバに勝った試合なんだけど、日本球界が一丸となって、プロの選手が参加して、金メダルを獲りにいった初めての日本代表だった。
長嶋茂雄監督、中畑清コーチだったんだけど、長嶋さんが体調を崩したので、中畑さんが監督代行を務めたチームだった。
当時、キューバは、《アマチュア野球世界一》と言われていて、それは《日本のプロ野球》の実力を越えているんじゃないか、とまで言われていた。
だけどキューバの野球が、どれだけ凄いのかは、実際に見た事がなかったし、よく判らなかった。で、実際、球場で見たら、1番から9番まで、みんな同じ凄い振りをしているんだよ。ブルン、ブルンって、だからこれは凄いチームだなって思った。
試合は、松坂投手が先発して、和田一浩選手、城島健司捕手、中村紀洋選手のホームランなどで、6対3で日本が勝って、試合終了の瞬間、『野球王国キューバに、始めて日本が勝った!』って叫んだくらい気持ちが入っていた。
でももう一つ、思い出になった理由があって、その時、ディレクターをやってくれたのは、他局だけど、同じ大学の知り合いだったんだよ。他局だからね、まさか一緒に仕事が出来るとは思っていなかったから、一緒に仕事が出来て本当にうれしかった。
僕としては、《野球界のメモリアイルな試合を実況できた》のと、《昔からの友人と、局を飛び越えて仕事をした》という事で、思い出の試合になっているかな。
■ニッポン放送には、俺の2000安打の実況ないの!
‐ まだありそうですね
オリンピックがあったら、メジャーリーグ。
僕は他の人に比べて、メジャーリーグには、全然行ってはいないんだけど、凄い運がよかったのは、《松井秀喜選手が、日米通算2000安打を達成する》、そんな時期に行けたっていう事。そして、その達成する試合が、中継予定日に当たって、実況した事だったんだよ。
‐ 日曜の深夜、月曜日の早朝の枠でしたね
そうそう。松井さんも、放送枠をわかっているから、『(アメリカ時間の)週末のデーゲーム、中継するの?』って聞かれて、『中継ありますよ!』って言ったら、『おー!じゃあ、打てるかな?』なんてって言ってくれてね。
そしたら、本当にその放送枠で中継する試合に、2000安打がかかって来て、や㎜キースタジアムのシアトル・マリナーズ戦だったな。でね、試合は中継したんだけど、その2000安打のヒットって、打った瞬間はエラーだったんだよ、で後で訂正されてヒットになって、それが2000安打になったという...(苦笑)
‐ どんな打球だったんですか
レフトへの平凡なフライで、レフトを守っていたベテラン選手が、ボールにヨタヨタヨタって寄っていって、追いついたかな?と思ったら、ボールを落としてね、
あれはどう見てもエラーだと思ったし、記録もエラーって出ていたから、別に2000安打とも実況せず、次の打席で、ライト前にヒットを打ったから、《日米通算2000安打達成!》って、実況した訳ですよ。『やった決めたな!』って思って、自分の中では、悦に入っていたんだけど(笑)
でも、その前に訂正されていたんだよね(苦笑)
前のエラーが2000安打で、僕が《2000安打!》と実況したのが、実は2001安打だったんだよね。(笑)
で、当然、試合後に、松井さんの所に取材に行ったら、『2000安打、上手く実況出来た?』って聞かれて、『いや、実は、エラーって言ってしまって...』って言ったら、『えー、じゃあニッポン放送には、俺の2000安打の実況はないの?』って(苦笑)
‐ あの時の中継の多くは、現場にはアナウンサーだけで、現場スタッフがいなくて、記録を確認するのも大変でしたからね。
そうそう、もう中継を成立させるだけで精一杯なんだよ。解説も、他の場所からだったりとか。だから、記録が変わっている事も気が付かなかったりするんだよね。
‐ 思い出と言うよりは、悔いが残っている試合ですね
いや、もう、私にはどうしようも出来ませんって(笑)あの瞬間を、2000安打と実況できた人はいないと思うよ(笑)
■ 蛇足なんだけどいい?
実は、2000安打、結構、観ているんだよね。だから、自分が実況したり、観た2000安打の日を入れて《2000安打Tシャツ》を作ろうとしたんだよ、自分用に(笑)
実況と観たのを入れても、10回位あるんだよね。
‐ 凄いですね、2000安打は、名球会入りの目安ですよ
そうなんだよ。例えば、谷繁選手の2000安打は実況したし、小笠原(道大)選手の時は、放送ブースで、松本アナが実況している横で見ていた。
実況した2000安打の一番最初は、駒田選手。ナゴヤドームの中日対横浜の試合で、レフト線へのツーベースだった。
■先発投手がマウンドに上がる前に、ホームランを打つところを...
‐ 日本プロ野球の思い出の実況は
これは、予備カードだったんだけど、(2012年8月6日)横浜スタジアムのDeNA対ヤクルト
(*予備カードとは、中継する試合が、雨などで中止になった時に、変わって中継をするカード)
ヤクルトの先発は、館山投手だったんだけど、なんと、その先発の舘山選手が投げる前、1回表に、9人目の打者として登場して、さらにその打席で、3ランホームランを打ったという。
先発投手が、マウンドに上がる前に打席に立って、ホームランを打った。これは、ちょっと衝撃だった。
(*ヤクルトの投手としては初。セリーグとしては、1988年5月11日広島の長冨投手が、ヤクルト戦で3ランホームランを打って以来、当時としては22年ぶりの記録)
実は、館山投手にはいつもお世話になっていて、取材にいくと、いつも好意的に取材を受けてもらっているんだよね。だから、それだけで感情移入というか、そんな気持ちになる選手の一人なんだよね。
‐ 館山投手は、度重なる怪我をしたのに、その度に復活をして
そう。もう不屈の精神だよね、トミージョン手術や、肩関節、股関節など、本当に沢山、手術をしていて。でも、その度、復活している、凄い投手だよね。
■これから実況してみたいものは...
‐ これから実況してみたいスポーツ、シーンとかありますか
目標としては、サイクルヒット、ランニングホームラン、トリプルプレーを実況したいね。
‐ トリプルプレーとかサイクルヒットはありそうですけど、実況した事がないんですか
無いんだよ。サイクルヒットは、見た事はある(笑)
広島・ロサリオ選手が、最後はサード内野安打でサイクルヒットを打った試合(2014年9月2日巨人×広島)は、レポーターとして、現場にいたけど。
‐ ランニングホームランは本当に出ませんね、最近では、実況したアナウンサーはいないんじゃないですか
そうだよね。でも、2007年のメジャーリーグ・オールスターゲーム。
イチロー選手のランニングホームランを、松本秀夫アナが実況しているんだよ。
‐ ランニングホームランを実況しているアナウンサーは、どんな気持ちで実況しているんでしょうね
続かないと思うんだよね、息が(苦笑)。
走っている方もそうだろうけど、実況している方もさ、この当たりだと、この塁までかなと思って、実況していたら、さらに続きがあるんだから。
息が絶え絶えになるかもね、ホームインが、迫力のない、ふらふらした感じになったりしてね(笑)
‐ 今年はどうですかね?足が速い選手がいるチームとか、トリプルプレー、広島とか出そうじゃないですか
なに、トリプルプレー、サイクルヒット、ランニングホームラン予想?(笑)
サイクルヒットの方が確立高いんじゃない?このところ、出ているでしょ?
‐ 山田哲人選手とかやりそうですね
そうだね、ありそうだね、サイクルヒット。
あ、でも僕、隠し球の実況はやっているんだよ。その時は、なんとなく、《隠し球しているのかな》と思っていたら、ランナーがアウトになって、《やっぱり隠し球だ!》って、アウトって叫んだんだよ。
‐ アナウンサーも引っ掛かりそうなものをよくわかりましたね。巨人の元木選手とかやってましたけど。
そう、おっしゃるとおり、元木選手でした(笑)
(Write よこいみちひと)