フリーアナウンサーの節丸裕一が、スポーツ現場で取材したコラムを紹介。今回は、アメリカのメジャーリーグと日本のプロ野球の新しい流れを分析する。
アメリカでは現地6月3日から5日までの3日間、ドラフトで数多くの有望選手が指名されたが、そのドラフト直前に話題になったのが、ソフトバンクが昨年のドラフト1巡目指名選手と契約したニュースと、日本のプロ野球独立リーグ・ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCL)でプレーしていた北方悠誠投手のドジャーズとの契約だ。
前者、ソフトバンクが契約を交わしたのは、カーター・スチュワート。昨年のドラフトでは1巡目(全体8位)でブレーブスから指名された。身体検査で手首に異常があるとされ契約には至らなかったが、常時150キロ台をマークする速球と、昨年のドラフト指名選手でナンバーワンとも評された縦に曲がるパワーカーブが武器の本格派右腕で、今年のドラフトでも上位候補に挙げられていた。
ソフトバンクとの契約は6年700万ドル。99年11月2日生まれでまだ19歳のスチュワートは、契約を満了しても25歳。そのまえにポスティングなのか、別の形なのか、ソフトバンクが逆輸出する可能性を指摘する有識者もいる。もちろん、スチュワートの実力が前提条件ではあるが、なにせ想定外のパターンで、これからどういう展開を見せるのかわからない。
代理人のスコット・ボラス氏は、何人もの日本人メジャーリーガーの名前を挙げながら、日本の育成システムを高く評価。とりわけソフトバンクに関しては「非常に優れていて、世界に認められる必要がある」と強調したが、今回の契約は、スチュワートの成功のいかんによっては一定の流れを生み出す可能性があると思う。
というのも、MLBでは以前より年齢に対する評価が厳しくなりつつあり、歳を重ねてからの大型契約が難しくなってきた代わりに若いうちに稼ぎたいという事情がある。しかし、現行制度の下では、年俸調停権のない原則メジャー経験3年未満の選手はほとんど年俸が上がらない。メジャーデビュー前にマイナーで過ごす時期があることを考えれば、日本で高額な報酬を得ながら育成される、というのは悪くない選択肢だ。後を追う選手が続けば、年俸調停権やFA権の取得の短縮や出場選手のロスターの拡大など、オーナー側にとってはコストがかかるような制度改正もあるかもしれない。日米球界全体にとって、非常に興味深い。
もう一つの話題になったのはプロ野球独立リーグ・ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCL)の栃木ゴールデンブレーブスからドジャースとマイナー契約を結んだ北方悠誠投手。一軍での活躍がなかったので知らないファンも少なくないだろうが、佐賀・唐津商では3年夏に甲子園に出場して好投、その直後の高校日本代表にも選ばれている。ドラフトでは当時の横浜ベイスターズから1巡目指名、大きな期待を背負っていた。しかし、コントロールに苦しみ、一時はイップスのような症状にも陥っていたと聞く。栃木の寺内監督は「僕は野手でしたが同じような経験をしているので、苦しみは理解できる。それを乗り越えたのは彼の強さだと思う」と評価する。栃木はBCLのなかでもとりわけ練習環境が整っていると言われ、そこで今季を迎えることができたのも北方にはプラスになった。きっちり段階を踏んで、思うように練習することができたはずだと寺内監督は語る。
「とにかく人間性は真面目。真面目すぎるゆえに考えすぎてしまう部分があるかもしれないが、野球に取り組む姿勢は模範的だし、そもそも投げているボールの質は抜けていた。これから先、僕が知っているNPBとも違う環境と高いレベルのなかで野球ができるわけだから、彼自身もいろいろ考えるだろうし、周りと切磋琢磨することもできる。とにかく自分のために頑張ってほしい。そうすることでいろいろな結果がついてくるはずだから」
NPBからだけではないアメリカ球界への新たな扉が開かれるだけに、こちらも後には誰が続くのか、気になるところだ。
日本とアメリカの野球界には明らかに以前とは違う関係性が生まれた。まだそれは大きく静かな池に投じられた小石のようなものかもしれないが、波が立ったのは間違いない。日米の選手の立場からみれば、可能性が広がりつつあることだけは確かだ。