話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、8月15日に行われた日本ハム戦で、難病を乗り越え1軍のマウンドに復帰、3連勝に貢献した、千葉ロッテマリーンズ・南昌輝投手にまつわるエピソードを取り上げる。
「千隼が5回をしっかり投げてくれましたし、その後を受けた中村稔も抑えてくれた。手術明けの南も頑張ってくれた」(井口監督)
15日、東京ドームで行われた日本ハム-ロッテ戦。ロッテは、前日2本塁打と絶好調の1番・荻野が、2回二死満塁から走者一掃の3点タイムリー二塁打を放ち先制。先発・佐々木も、5回を3安打無失点と好投を見せ、2番手のルーキー・中村稔も3回を無失点。最後は南が締めて、6-0で快勝。3連勝で貯金を5割に戻しました。
これでロッテは、単独4位に浮上。3位・楽天との差は1ゲーム、2位・西武とは2.5ゲーム。Aクラスも見えて来ました。
「戻って来られるとは思っていなかったのに……」
最後を締めた南は、昨年(2018年)7月20日のオリックス戦以来、実に391日ぶりのマウンドでした。前回登板後、下半身に脱力感を覚え病院で検査したところ、国が指定する難病「黄色靭帯骨化症」と告げられたのです。
脊髄付近の靭帯が何倍もの厚さになり、骨のように固くなって徐々に脊髄を圧迫して来る原因不明の病気で、2018年8月に手術。その後はファームでリハビリ生活を送っていました。
「あれ? その病気、どこかで聞いたことがあるぞ」と思った方もいるでしょう。実は故・星野仙一氏も楽天監督時代の14年、シーズン中にこの病気と椎間板ヘルニアを併発。療養のため1ヵ月以上ベンチを離れています。結局、星野氏はこの14年オフに退任。これが名将最後のユニフォーム姿となりました。
また、かつて巨人で活躍した越智大祐(投手)も12年に発症。リハビリを続けましたが結局1軍復帰はならず、14年に引退しています。
そのぐらい厄介な病気ですが、復帰した例もあります。昨年限りで引退したロッテ・大隣憲司2軍投手コーチです。大隣コーチはソフトバンク時代の13年、黄色靭帯骨化症を発症していることが判明。シーズン中に手術を受け、翌14年7月に422日ぶりの勝利を飾りました。国指定の難病を乗り越えて勝ったピッチャーは、プロ野球史上初めてでした。
元チームメイト・大隣コーチに続けと、2軍の本拠地・ロッテ浦和球場で日々リハビリに取り組んだ南。心が折れそうになる日もありましたが、ファンからの「マリン(ZOZOマリンスタジアム)で待っているよ!」という温かい声援が大きな励みになっていたそうです。
その目標がついに現実となった、15日の日本ハム戦。最終回、南の名前がコールされた瞬間、ロッテファンが陣取る東京ドームのレフトスタンドは歓声で沸き返り、「頑張れー!」という声援があちこちから飛びかいました。
6点リードという楽な場面とは言え、最後を締める重要な役割。先頭の近藤をいきなり四球で歩かせましたが、「(四球で)走者をためたらまた、ブルペンで肩を作る人が出てしまう。しっかり抑えようと思った」と気持ちを入れ直した南。
続く清宮を、インコースを鋭くえぐる146キロの真っ直ぐで見逃し三振。さらに渡邉をフォークで三ゴロ、田中賢介を二ゴロに打ち取ってゲームセット。みごと3投手による完封リレーを完成させ、チームの3連勝・5割復帰に貢献したのです。
「とりあえず1歩前進の感じです。マウンドに上がったときの歓声がすごく響いた」
背中には大きな手術痕が残っていますが、「背中の感覚をより気にするようになった。背中の張りによって、調子の良し悪しもわかるようになりました」と言う南。まさに「ケガの功名」でした。
東京ドームに呼んだ家族の前で、みごとな復活劇を見せた南ですが、勝負はこれから。井口監督が南を1軍に上げたのも、戦力として必要としているからです。
「戻って来るだけで終わるのではなく、チームのために貢献することが最終目標なので、結果を出してつなげて行きたい」
2位~5位までが3.5差のなかにひしめく、大混戦のパ・リーグ。ロッテはCSで過去2回優勝していますが、2005年は2位、2010年は3位で日本シリーズに進出。セ・リーグ王者の阪神、中日を倒し、いずれも「下剋上日本一」になっています。その再現がなるかどうか、1つのカギはリリーフ陣。今度は僅差の場面で、南がどんなピッチングを披露できるか、注目です。