話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、夏の甲子園に欠かせない「開会式選手宣誓」にまつわるエピソードを紹介する。
今年(2023年)も夏の甲子園が開幕。8月6日の開会式では、高知中央・西岡悠慎主将による選手宣誓が行われた。
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『宣誓。私たちは第105回という節目の年に夢の甲子園球場に立てていることを誇りに思います。しかし、ここにたどり着くまで、たくさんの壁や困難がありました。それを乗り越えられたのは、共に絆を深め合った仲間、監督、コーチ、そしてたくさんの方々の支えがあったからです。追いかけ続ける勇気さえあれば夢は必ずかなう。そう信じ、全国高校球児の思いを一投一打に込め、全力で戦い抜くことを誓います』
~『日刊スポーツ』2023年8月6日配信記事 より(高知中央・西岡悠慎主将の選手宣誓全文)
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時間にして1分23秒。「追いかけ続ける勇気さえあれば夢は必ずかなう」というウォルト・ディズニーの言葉を引用したものだった。
振り返れば、昨夏の選手宣誓では、横浜・玉城陽希主将(当時3年)が「野球伝来150年の節目」であること、「まだコロナウイルスが収束しない日々」であることなどを盛り込んでいた。実際、昨夏の大会はコロナ禍の影響で、各チーム主将だけが参加する開会式。あれから1年が経ち、今大会の入場行進ではベンチ入りの全選手が球場内を一周するスタイルが実に4年ぶりに復活した。
このように、時事ネタ要素を盛り込んだり、偉人の言葉を引用したり、毎年、さまざまな趣向・工夫が込められる選手宣誓。それはもはや、宣誓というよりも“スピーチ”と言っていいかも知れない。
だが、かつては「宣誓 我々選手一同は~」「スポーツマンシップに則り」「正々堂々戦うことを」というお決まりのフレーズを絶叫するのが選手宣誓の定番だった。それが一変し、「自分の言葉」を盛り込むようになった“明確な起源”が存在する。いまから約40年前の1984年8月8日、夏の甲子園(第66回大会)開会式での福井商業、坪井久晃 主将(当時3年)による選手宣誓だ。
現在発売中の雑誌「あゝ夏の甲子園 昭和の高校野球、熱闘の軌跡」(株式会社ヘリテージ「昭和40年男」2023年9月号増刊)に、その坪井氏本人のインタビューが収録されている。語られているのは、選手宣誓を変えてやろう、という意識などまったく皆無で、偶然の産物だったという意外な起源だ。
そもそも、選手宣誓は誰が行うのか? 今大会では、組み合わせ抽選会で立候補した17人の主将のなかから、冒頭の西岡悠慎主将が抽選で選ばれた。だが、かつては立候補制ではなく、予備抽選(本抽選の順番を決めるクジ)で「1」を引いた主将が行っていた(※ただし、記念大会などでは主催者が指名することもあった)。
1984年大会の予備抽選でこの「1」を引いたのが福井商業の坪井主将。実は坪井主将はレギュラー選手ではなく、三塁コーチャーで声を張り上げるのが主な役目だったため、この選手宣誓の座を狙っていたという。
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「宣誓することが決まってチームメイトは皆、『よかったな』と言ってくれました。『控えの主将が目立つには宣誓するしかないな』って半分冗談で言い合っていたこともあって盛り上がりました。でも、その後の本抽選でも『1』を引いてしまって…。こっちは『それはあかんやろ~』と叱責を受けましたね(笑)」
~『あゝ夏の甲子園』(2023年7月26日発売号)より
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本抽選での「1」は、開会式直後の開幕試合を意味する。つまり、坪井主将は偶然にも連続で「1」番クジを引いてしまい、気持ちが動転してしまったというのだ。
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選手宣誓と合わせ、これ以上ない緊張を同時に味わうことが決まって心もざわつく抽選会終了後、坪井は大会関係者から「どんな宣誓にするか、明日の予行演習の際に紙に書いて持ってきてください」と言われた。これこそが勘違いの始まりだった。
「気持ちが昂りすぎていたんですかね。私が勝手に『書いて持ってきて』を『自分なりの言葉を盛り込め』と勘違いしたんです。後からいろんな人の話を聞く限り、毎年の通過儀礼なだけだったようなんですけど」
~『あゝ夏の甲子園』(2023年7月26日発売号)より
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坪井主将は勘違いをしたまま宿舎に戻り、「自分なりの言葉を」と、福井商野球部のモットーである「炎」の文字を入れ込んだ選手宣誓文を考案した。
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「宣誓。我々、選手一同は第66回全国高等学校野球選手権大会に臨み、若人の夢を炎と燃やし、力強く、たくましく、甲子園から大いなる未来へ向かって、正々堂々、戦い抜くことを誓います」
~『あゝ夏の甲子園』(2023年7月26日発売号)より
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現在の文量と比べれば、これでも十分に簡潔な内容だ。それでも、この文案を見た大会関係者の反応は「ちょっと長いかな。短くしてもらうかも」というものだった。だが、結果的には「問題なし」とされ、坪井主将は開会式でこの「独自選手宣誓」を披露したのだ。
福井商は開会式直後の開幕試合で敗れ、甲子園に別れを告げた。だが、坪井主将は福井に戻ったあとも地元新聞や雑誌、ラジオなどから取材を受けるほど、この独創的選手宣誓は大きな反響を呼ぶことに。その結果、以降の開会式では「自分の言葉」を盛り込むことが定番となったわけだ。
気が付けば、新しいスタイルもどんどん「当たり前」になっていく高校野球。その柔軟性こそ受け継いで、時代に即した「新しい定番」をどんどん導入してもらいたい。