黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に、映画監督の周防正行が出演。監督デビュー作品である『ファンシイダンス』について語った。
黒木)今週のゲストは映画監督の周防正行さんです。小さいころから映画に興味があったのですか?
周防)普通に映画を観に行くのを楽しみにしていた子どもで、ある意味で特別ですけれど、作り手側になるという発想はなかったですね。最初に好きになったのが怪獣映画で、ちょっと色気がついて来ると若大将シリーズを観てという、普通の子どもだったと思います。
黒木)いつから職業にしようと思ったのですか?
周防)職業を意識したのは大学生のときです。大学生になって、蓮實重彦さんというフランス文学者で映画評論家の方が、「映画表現論」という授業をやっていたのですね。映画をどう観るかという、映画の見方についての授業でした。その授業を受けているうちに、自分でも映画を撮れるのではないかという勘違いをして来たのです。でもそれは、蓮實さんの思惑通りだったのかもしれません。彼の最初の授業のときに、「私はこの授業を10年やっていますが、残念ながら、まだこの教室から1人も映画監督は誕生していません。みなさんのなかから映画監督が生まれることを楽しみにしています」とおっしゃったのですよ。
黒木)それから、どうされたのですか?
周防)大学4年のときに、何とかして映画界に潜り込めないか考えたのですよ。でもそのころは、制作会社は助監督や演出部の募集をほとんどしていない時代です。ピンク映画には僕が大好きな監督がたくさんいたのですが、たまたま大学生のときに手伝った劇団に出ていた女優さんが、新宿ゴールデン街でアルバイトをしていました。彼女のお店に高橋伴明さんがよく来ると聞いていたので、4年生の夏休み前に伴明さんに会いに行って、「助監督にしてください」と言ったのです。そうしたら「秋から来なよ」と言ってくれて、ピンク映画の撮影現場に入った。それが就職になったのです。
黒木)そのままずっと続いて行ったのですね。
周防)そうです。
黒木)最初は伴明さんについていらしたのですか?
周防)4年間は伴明さんについていました。それから若松孝二さんや、井筒和幸さんの助監督もさせていただきました。
黒木)それで1989年に、『ファンシイダンス』で監督デビューなさるわけですけれども。
周防)一般映画ですね。あと『マルサの女』のメイキングビデオなども撮っています。
黒木)そうですか。
周防)『マルサの女をマルサする』というメイキングビデオがあって、伊丹さんとお仕事をしたことが、『ファンシイダンス』という一般映画のデビューに明らかに貢献していますね。伊丹さんとの仕事が僕の1つの保証、「伊丹さんとしたなら大丈夫ではないか?」という保証になったと思います。
黒木)そのときはどうでしたか? 一般映画の監督デビューという意味で、題材選びやキャスティングは?
周防)これも驚くようなスタートでした。渋谷のセンター街で遊んでいる若者が、「明日からお寺に修行に行く」ということがあるのだと。実家がお寺で、自分は継ぐことになっているから、その期間は修行に行くのだと。それまで遊んでいたけれども、「明日から修行僧だ」という若者がいることに驚きました。実際に永平寺に行ったら、僕が知る若者の目ではないわけですよ。修行を通じて、彼らが何を見つけたのかはわからないけれども、人の目をまっすぐ見て喋るのです。こんな若者は見たことがないと思い、驚いて、徹底して取材を始めるのですが、きっかけは少女漫画だったのです。岡野玲子さんという、手塚眞さんの奥さんですけれども、彼女が書いた漫画に『ファンシイダンス』という作品があって、それが修行僧の青春の日々なのですよ。すごく面白いのですよね。僕がイメージしたのは、「引きの画で100人のスキンヘッドを撮ってみたい」というものでした。
黒木)本当にみなさん、スキンヘッドになられて。
周防)大変だったのは、大映の条件があったのですよ。レンタルビデオ店のおじさんでも知っている俳優が出ていないとダメだという。そのころの映画を作る会社としては、二次使用料をレンタルビデオで儲ける。映画館では儲からなくても、後でビデオで儲かるという時代だったので、それでレンタルビデオ店の人でも知っている俳優にしてくれと言われました。プロデューサーが片っ端から、そのレベルの俳優さんに電話して、「スキンヘッドになっていただけますか?」と。スキンヘッドは僕の条件だったので。そうしたら、本木雅弘さんだけが「スキンヘッドでやりたい」と言ってくれて、本木さんに決まったという経緯です。
周防正行(すお・まさゆき)/映画監督
■東京・目黒区出身。1956年生まれ。
■立教大学在学中に、高橋伴明監督の助監督を務めるようになり、以降、若松孝二監督や井筒和幸監督の作品に助監督として携わる。
■1984年に小津安二郎へのオマージュを含んだピンク映画で監督デビュー。
■1989年に『ファンシイダンス』で商業映画初メガホン。
■1992年の『シコふんじゃった。』で、日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ、最優秀監督賞、最優秀脚本賞を受賞。
■1996年には大ヒット作『Shall We ダンス?』公開。日本アカデミー賞で作品賞・監督賞・脚本賞など13部門を総なめ。
■2006年には痴漢の冤罪裁判を描いた『それでもボクはやってない』、2011年にはバレエ作品を映画として収めた『ダンシング・チャップリン』、2012年には終末医療を題材にしたヒューマンドラマ『終の信託』、2014年には花街で成長する舞妓の姿を描いた『舞妓はレディ』を監督。
■最新作は、2019年12月13日公開の『カツベン!』。大正時代に全盛だった無声映画を個性豊かな語りで彩った「活動弁士」が主人公。活動弁士を志す青年・俊太郎を成田凌が演じ、ヒロインを黒島結菜が演じる。
ENEOSプレゼンツ あさナビ(12月11日放送分より)
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毎朝、さまざまなジャンルのプロフェッショナルをお迎えして、朝の活力になるお話をうかがっていく「あさナビ」。ナビゲーター:黒木瞳