亀井のサヨナラ打を導いた“原監督の一言”
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、8月13日のヤクルト戦で代打サヨナラ安打を放った巨人・亀井善行選手と、原辰徳監督の采配にまつわるエピソードを取り上げる。
「試合時間3秒だったんですけど……何とか仕留められてよかったです」(亀井)
8月13日、東京ドームで行われた巨人-ヤクルト戦。巨人は初回、先発・メルセデスがヤクルト打線にいきなり3点を奪われますが、4回に丸、中島の連続ソロ本塁打、5回に岡本のタイムリーで3-3の同点に追いつきます。
同点のまま迎えた9回ウラ、ヤクルトは4番手に右投手の大下を投入。巨人は先頭の中島が、この試合3安打目となる左前打で出塁すると、代走・増田大輝がすかさず二盗に成功。続く吉川尚輝は二飛で凡退しますが、代打・若林の一ゴロの間に、増田大が三塁に進塁。坂本は申告敬遠で2死一・三塁。一打サヨナラの場面をつくります。
ここで、途中から守備で入った松原に代えて、原監督が代打に起用したのは、38歳のベテラン・亀井でした。これを見て、ヤクルト・高津監督も投手を交代。左の亀井に、あえて右のマクガフをぶつける賭けに出ました。亀井は初球、内角高目・150キロの真っ直ぐをセンター前に弾き返し、巨人は今季初のサヨナラ勝ち。貯金を「11」としました。
「前のバッターがチャンスをつくってくれたんで、『ここしかない』と思って。1球で仕留める気持ちで行きました」(亀井)
捕手・西田は最初からインハイに構えていましたし、ヤクルトバッテリーはおそらく釣り球のつもりでしたが、ややボール気味の球を一発で仕留めた亀井のほうが一枚上手でした。亀井のサヨナラ安打は通算8本目。サヨナラ犠飛も2度記録していますので、実に10度目のサヨナラ打……それにしても、異常な勝負強さです。
「亀井が、何て言うか、集中力のなかでね……初球に仕留めたというのは、もう見事ですね」
と試合後、亀井を褒め称えた原監督。亀井は現在、脚の状態が思わしくないため、8月1日の広島戦を最後にスタメンを外れています。それでも原監督がベンチに置き続けるのは、亀井の勝負強いバッティングにこれまで何度も救われているからです。
「ウチの亀井は『切り札』だから。『切り札』というところでしょうね」
わざわざ2度も「亀井は切り札」と繰り返した辺りは、原監督がいかに亀井を信頼しているかという証しです。この試合、亀井というカードの「切りどころ」についても、それが窺えました。改めて、9回ウラの攻撃を振り返ってみましょう。
無死二塁、吉川尚の打席の際、ネクストバッターズサークルに控えていたのは亀井でした。次の投手・中川のところで代打・亀井か……と思いましたが、吉川尚は内野フライを打ち上げ、サヨナラのランナーを三塁に進められませんでした。すると原監督は亀井をベンチに下げ、代わって若林を代打に送ったのです。「ここはまだ、切り札を使う場面じゃない」と原監督は判断したわけです。
試合後、この場面について「あそこで(亀井を)出しても勝負して来ないだろう、というところ」と語った原監督。一塁が空いていましたから、亀井だと敬遠される可能性が高い。「代打・若林」なら勝負して来るはず。しかも若林は両打ちなので、ヤクルトが左右どちらの投手で来ても対応できます。
また仮に若林が凡退しても、打順はトップに返って坂本に回ります。坂本はしばらく不振が続いていましたが、前日12日の試合で本塁打を2本放っています。「坂本に回れば、向こうはたぶん敬遠するだろう。亀井を使うのはそのときだ」と原監督は読んだのです。
ヤクルト側には「亀井も歩かせて満塁策」という選択肢もありましたが、次打者は得点圏に強いウィーラー。「その状況になれば、絶対に亀井と勝負して来るはず」と原監督は確信していたのでしょう。実際に試合は、原監督の読みどおりの展開になりました。
ヤクルト・高津監督が、左打者の亀井に右投手のマクガフをぶつけたのは、ブルペンで準備していた左投手・中澤との比較で「マクガフのほうが抑えられる可能性が高い」という判断をしたのですから、これは仕方のないところです。ちなみに亀井とマクガフは、昨年(2019年)8月9日にも対戦しており、延長10回、亀井がサヨナラ犠飛を放っています。
高津監督としては「あのときの借りを返して来い!」という意図もあったのでしょう。結果的に賭けは裏目に出てしまいましたが、もしヤクルトが「左には左」のセオリーどおり、代打・亀井に対して左の中澤を起用していたら、果たしてどうなっていたのでしょうか?
もし中澤が出て来ても、原監督は「代打の代打」で右打者を送らず(ベンチには石川らが残っていました)、そのまま亀井に打たせたでしょう。信頼感はもちろんのこと、この日(13日)は亀井にとって特別な日でした。7日に亡くなった中央大学時代の監督・宮井勝成氏の告別式当日だったのです。亀井は試合のため参列できませんでしたが、試合後にこう語りました。
「僕のことをずっと心配してくれていた。本当に頑張らないといけないと思った。お世話になった宮井さんに、いいところを見せられたかなと思う」
深謀遠慮な原監督のこと、そのことを念頭に置いて「きょうはカメちゃんをいい場面で使って、お立ち台に立たせてやろう」と試合前から考えていたのではないでしょうか。6回、ファールフライをちゃんと追えなかったパーラの守備を見て、「脚をかばっているな」とサッと松原に交代。その松原の打順にチャンスが回り、亀井が代打で入ったのも、あながち偶然ではない気もします。
試合がなかった11日の練習時、亀井に「(これからは)“亀井慎之助”で行ってもらうよ」と告げた原監督。昨年、スタメンと代打の両方で活躍。チームを5年ぶりのリーグ優勝に導いた中央大の先輩・阿部慎之助2軍監督のような存在になってくれ、という意味です。こういう「前ふり」を欠かさないのも、選手をその気にさせる「原マジック」の1つ。先日の「ピッチャー・増田大輝」もそうですが、今シーズンは原采配からも目が離せません。