電撃カープ入り 秋山翔吾の心を動かした「2つのキーワード」

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は日本球界復帰にあたって、広島カープを新天地に選んだ秋山翔吾選手にまつわるエピソードを紹介する。

電撃カープ入り 秋山翔吾の心を動かした「2つのキーワード」

【MLB秋山翔吾野球教室】野球教室を終えて取材を受けるレッズ・秋山翔吾=2021年12月18日 神奈川県横須賀市の大津公園 写真提供:産経新聞社

『えっ、マジ!?って言ってしまった。(頭が)真っ白になってしまって、どう降りて、どう改札に入ったのか覚えていない。弁当を買い間違えたかな』

~『スポーツ報知』2022年6月28日配信記事 より(広島・鈴木清明本部長のコメント)

ペナントレースの真っ最中に、まるでストーブリーグのような争奪戦が繰り広げられた元レッズ・秋山翔吾の争奪戦。秋山は渡米3年目の今季(2022年)、開幕前にレッズを戦力外となり、パドレス傘下のマイナー球団・エルパソ(3A)と契約。メジャー昇格を目指しましたが自由契約となり、日本球界復帰を決意しました。

さっそく、古巣・西武に加え、球界随一の資金力を誇るソフトバンクが獲得に名乗りを挙げるなか、野球ファンを驚かせたのが、広島も秋山争奪戦に加わったことです。

広島カープは12球団で唯一、親会社を持たない独立採算制のチームです。マツダはカープの筆頭株主ではありますが、球団経営には直接タッチしていません。そのため、他球団のように親会社から選手獲得資金を援助してもらうことは望めず、これまでFAで選手を取られることはあっても、大物選手の争奪戦に加わることはありませんでした。

それだけにカープファンの間でも「来て欲しいのは山々だけれど、条件面で勝てないでしょ」という声が多数でした。ところが……秋山が選んだのは、何と縁もゆかりもないカープだったのです。

冒頭のコメントは、秋山と入団交渉に当たった広島球団・鈴木本部長の発言です。交渉に当たった本人ですら、秋山からの返事を聞いて「えっ、マジ!?」と言ったぐらいですから「ダメでもともと、当たって砕けろ」の精神だったのでしょう。おそらく、金額面では他2球団に及ばなかったと思われますが、結果的にその果敢なチャレンジ精神が実りました。

カープが異例の秋山獲得に踏み切った理由は、昨季(2021年)までの主砲・鈴木誠也(現カブス)がメジャーに移籍し、後継として期待された西川龍馬が故障で離脱。攻撃の柱となるスラッガーが不在となったことに尽きます。

秋山は、メジャーでは思うような結果を残せませんでしたが、西武時代に通算1405安打を放ち、通算打率.301を記録。2015年には「シーズン216安打」という、現在も破られていないプロ野球記録を樹立しています。

2017年には首位打者も獲得し、守備でもゴールデングラブ賞を6度も受賞。また2014年から続けた「739試合連続フルイニング出場」は金本知憲に次ぐ歴代2位の記録で、ケガにも強い選手です。しかも補強ポイントである外野手であり、野球に向き合う真摯な姿勢は、もともと練習熱心なカープの若手たちにとっていい影響を及ぼすことは間違いありません。

投手陣は非常に充実しているのに、鈴木の移籍で攻撃力が大きく低下。5割ラインをウロウロしているカープにとって、打の柱になれる秋山はノドから手が出るほど欲しい選手でした。とはいえ「最終的には、慣れ親しんだ古巣・西武復帰で落ち着くだろう」という大方の予想を裏切って、カープが三つ巴の争奪戦に勝った理由を考えてみましょう。

キーワードは2つ。「誠意」、そして「友情」です。

各紙の報道を総合すると、今回カープは秋山に「3年契約」を提示したとみられます。これに対し、西武が提示したのは「2年契約」だったようで、この点が秋山にとっては「大きな差」となりました。

秋山がなぜ、長期契約を望んだのか? それは彼が「日米通算2000安打」を大きな目標としているからです。秋山は現在、日米通算で1476安打を記録。あと524安打に迫っていますが、この数字をクリアするには最低3シーズンは必要。カープはそのことも交渉の席で触れ、秋山が34歳であることも認識した上で、3年契約を提示したのです。

さらにカープは金額面でも、出せる範囲で精一杯の提示をしました。金額は各紙バラツキがありますが、3年総額で「3億5000万~5億円+出来高」のようです。今季はシーズン途中からの出場になるので低くなりますが、翌年以降は年俸1億5000万~2億円ほどになるとみられ、カープにとって決して軽い負担ではありません。

それでも「チームにはあなたが必要だから、ぜひ来て欲しい」と精一杯の額を提示してくれたカープ。意気に感じるタイプの秋山が大きく心を動かされたとしても、何ら不思議はありません。秋山がいま、どんな環境でプレーしたいと望んでいるかを察知し、正面突破でシンプルに「誠意」を見せたことが、カープの勝因だと思います。

ソフトバンクは翌年以降、年俸3億円を提示した、という報道もあり、だとすればカープの提示を大幅に上回ります。しかしソフトバンクは層が厚いチーム。外野にも有望な若手が多く、たとえ秋山といえどもレギュラー確約、とは言えない事情があります。また、古巣・西武と戦うやりにくさもあるでしょう。

と考えると、故障や極端な不振に陥らない限り、3年間レギュラーで出場が見込めるカープに秋山が心惹かれたのは、むしろ当然のようにも思えます。セの投手を研究し、適応しなければなりませんが、それも求道者・秋山にとっては楽しみの1つになるのかも知れません。

黒田復帰のときもそうでしたが、金額が折り合わないなら仕方ない。でも、どうしても欲しい選手には、提示できる最大限を示し、諦めずに声を掛ける。今回の秋山獲得劇は、あらためて交渉における「誠意」の大切さを示してくれたような気がします。

秋山がカープ入団を決めた、もう1つのキーワードが「友情」です。神奈川・横須賀生まれの秋山にとって、広島はなじみのない街。チームも見知らぬ顔ばかりのなか、気心の知れた人がいてくれたら、こんなに心強いことはありません。

27日、ニッポン放送の番組「ナイツ ザ・ラジオショー」で、秋山と懇意にしているナイツ・塙宣之さんが語ったところによると、秋山は広島入りを発表する前、塙さん宛てにこんな内容のLINEを送ってきたそうです。

どこの球団に行くとは言わず、「決めさせてもらいました。巨人を苦しめることになります」という内容の文面で、巨人ファンの塙さんは「ソフトバンクに行く」という意味だと思ったそうですが、カープ入りの報道を聞いて「巨人と同じセ・リーグで戦う」という意味だったと知り、驚いた塙さん。

塙さんはさらに、広島には菊池涼介・會澤翼がいることも理由らしい、と語りました。2人と秋山は、野球日本代表「侍ジャパン」で共に戦った仲。會澤は秋山と同学年で、菊池は1学年下。年齢が近かったこともあり、3人は球団の垣根を越えて交遊を深めていきました。

秋山と、侍メンバーの深い絆を示すエピソードがあります。2019年オフ、東京ドームで行われた国際大会「第2回プレミア12」の決勝戦。この大会、秋山は代表メンバーに選ばれていましたが、侍の強化試合で右足に死球を受け、薬指を骨折。無念の出場辞退となりました。

しかし秋山は、リハビリ中も日の丸を背負って戦う仲間のことを忘れず、決勝で侍が韓国に勝って優勝を決めると、私服の上にユニフォームを着てグラウンドに登場。一緒に歓喜の輪に加わりました。そのぐらい、侍メンバーと秋山の絆は深いのです。

おそらく2人は、秋山に連絡を取り「ぜひ一緒にやろう!」と移籍を後押ししたでしょうし、秋山も2人に「カープってどんなチーム?」と相談したことでしょう。菊池と會澤は、秋山がカープに溶け込むにあたって強い味方になってくれるはずです。

また、カープOBのツインズ・前田健太も秋山とは同学年の親友です。28日、さっそく自身のインスタグラムに、こんな投稿を寄せました。

『アメリカで対戦出来なくなったのは寂しいけど新しくプレーする環境が決まり嬉しい気持ちも。カープでアキの野球に取り組む姿勢や技術をたくさんの選手に伝えてほしい』

~前田健太 インスタグラム(2022年6月28日付、本人書き込みより)

この投稿には、ツインズの本拠地球場で撮った秋山との2ショット写真が添えられています。前田は、自分がカープ入団を後押ししたわけではない、と語っていますが、彼も古巣カープへの愛は人一倍深く、盟友の秋山が入団してくれたことは嬉しい出来事だったでしょう。

盟友たちのバックアップも受け、金銭面よりも、まったくの新天地で戦うことの「やり甲斐」を選んだ秋山。ヤクルトが独走状態になっているセ・リーグですが、秋山が加わった広島は、これからペナントレースの台風の目になりそうです。

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