処理水問題は習近平政権にとって日本への圧力のちょうどいい「カード」 科学も経済も「関係ない」

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青山学院大学客員教授でキヤノングローバル戦略研究所主任研究員の峯村健司と東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠が8月31日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。中国による日本産水産物の禁輸について解説した。

処理水問題は習近平政権にとって日本への圧力のちょうどいい「カード」 科学も経済も「関係ない」

「烈士記念日」の式典に臨む中国の習近平国家主席 2022年9月30日(共同)

政府、中国の輸入停止めぐりWTOの枠組みで対応

松野官房長官は8月30日、東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出を受け、中国が日本産水産物の輸入を停止したことについて、次のように述べた。

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松野官房長官)これまでも中国による日本産食品に対する科学的根拠のない輸入規制に対しては、我が国はWTOの場でも問題提起してきています。今回の措置についても、さまざまな選択肢を念頭に、引き続きWTOの枠組み等の下で必要な対応を行っていきます。

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飯田)高市経済安保担当大臣も29日の会見のなかで、WTOへの提訴を示唆していましたが、松野官房長官からも出てきました。峯村さんは文春新書から9月20日に『中国「軍事強国」への夢』という本を出されます。中国の軍人の方が書いた本の監訳という形で峯村さんも関わっていらっしゃいますが、軍事的なアプローチだけでなく、三戦と言われますが、中国にとっては水産物の輸入停止も情報戦の一環なのですか?

峯村)この本では、「中国がどのように台湾統一を進めようとしているのか」ということを、習近平氏のブレーンである劉明福・中国国防大学教授が記しています。

日本の台湾政策への「対日カード」として圧力を掛けている状況 ~台湾併合を見据えた動き

峯村)今回の処理水を巡る中国政府の動きも、究極的には台湾併合を見据えた動きと見ていいと思います。対日圧力についてエスカレーションを上げていくやり方なのです。3月に中国で日本の製薬会社幹部の方が拘束された事件もその一環なのです。

飯田)製薬会社の方。

峯村)実は昨日(30日)、また新しい方が上海で別の邦人が拘束されていたという報道がありました。岸田政権の台湾政策を不満に抱いていた習近平政権が徐々に日本に圧力をかけているのです。

飯田)日本の台湾政策に。

峯村)処理水の問題については、何かいいカードがないかと探していたタイミングで、ちょうどこれが出てきたのです。科学的であろうがなかろうが、対日カードとして有効だと判断して、圧力を強めています。

日本の水産物禁輸 圧力を掛けることで日本に「台湾には手を出さない」、「半導体の規制を緩める」と言わせたい中国 ~経済的に脅しを掛けて政策を変えさせる

飯田)これをカードとして切ることによって、「日本がどういう対応をしてくるのか」も見ているのですか?

峯村)究極的には日本がベタ折れしてくれるのを狙っています。例えば「台湾に手を出さない」と言わせたり、「半導体の規制を少し緩める」という譲歩を日本側から引き出したいのです。

飯田)ベタ折れしてくれるのがいい。

峯村)まさにこうした中国のやり方は、「経済的威圧」と呼ばれています。2010年に尖閣沖での中国漁船衝突事件が起きたあと、レアアースを止めたのと一緒です。

飯田)船長を拘束したことの報復として。

峯村)両者は全然関係ないトピックなのですが、、経済的に脅しを掛ける形で、相手国の政策を変えさせるというやり方です。

習近平政権の考えは、すべてが「国家の安全」 ~そのために日中の経済関係が悪くなってもかまわない

飯田)一見すると非科学的だと感じますが、すべての意思決定に政治が絡んでくるのですか?

峯村)いまの習近平政権の考え方は、すべてが国家の安全なのです。

飯田)国家の安全。

峯村)例えば台湾有事にしても、「経済的な利益を考えて実施には踏み切らない」などと言う方が多いのですが、まったく違います。習近平氏の頭のなかでは、国家の安全や国家の主権が最上位のプライオリティになっているのです。極論を言うと、そのためなら経済を含めて「いかなる犠牲も関係ない」ということです。

飯田)国家の安全のためには。

峯村)そのことによって、日中の経済関係が悪くなろうが、すべては「国家の安全」が絶対なのです。「祖国統一」つまり台湾統一に向けて動いていると考えるべきです。

悪いのは日本政府で、日本の国民ではない ~区別論

飯田)「人民日報」の国際版とも言われる「環球時報」の社説によると、「悪いのは日本政府である。日本の人民に対して何かするのは間違っている」というようなことが書かれています。少し風向きが変わってきたということですか?

峯村)さすがに迷惑電話の件が増えてきているので、日本側も相当反発しています。中国も「やりすぎだったな」と。これは中国お得意の「区別論」と言うのですが、毛沢東が昔、「日本の人民はいいが、政府はダメだ」と言ったのと同じロジックを展開しているのです。

「科学」と「人の気持ち」の間を全力で利用した中国

飯田)中国による日本の水産物の輸入全面停止について、どうご覧になりますか?

小泉)科学的に安全であると、日本だけでなく世界各国が認めているものを流しているのです。流れているものは、他の原発から出てくるものと変わらないわけですから、原則的に原発を運用している国は文句を言う権利はないと思います。

飯田)トリチウムの濃度も低い。

小泉)ただ、象徴的に「何だか気持ち悪い」という気持ちもわからなくはない。福島の漁業関係の方が心配しているのも、安全なのはわかっているけれど「安全ではない」と思う人たちがたくさんいるから、せっかくここまでやってきたのに「我々の商売に関して害になったらどうするのだ」と心配するのもよくわかる気がします。

飯田)漁業関係の人たちが。

小泉)おそらく科学と気持ちの間に政治が生まれる余地があって、中国は今回、それを全力で利用することにしたわけです。

処理水問題は習近平政権にとって日本への圧力のちょうどいい「カード」 科学も経済も「関係ない」

2023年8月31日、豊洲市場を視察する岸田総理~出典:首相官邸HPより(https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202308/31toyosu.html)

当初は「福島第一原発の水、放出開始」と控えめな報道だったロシアメディア

小泉)私は基本的にロシアを見ているのですが、24日の処理水放出の日、ロシアメディアはとても控えめだったのです。

峯村)意外ですね。

小泉)「汚染水」という言葉も使わず、「処理水」という言い方もしていなくて、ただ「水」としか言わなかったのです。「福島第一原発の水、放出開始」というのが、当時の国営タス通信の見出しでした。

一変して激しい口調で日本を責めたマリア・ザハロワ報道官 ~中国に合わせ

小泉)だから抑え気味に進めるのかと思っていたら、つい先日、外務省のマリア・ザハロワ報道官がものすごく激しい口調で「日本は恥を知れ」というくらいの言い方をしてきたので、やはり簡単にはいかないなと思いました。

飯田)変わった。

小泉)もしかすると、中国の対応ぶりを見て決めたのかも知れないですね。いずれにしても現在、ロシアは日本に対して強く圧力を掛けたいことや、やめさせたいことはそれほどないと思うのです。どちらかと言うと、この問題では中国と歩調を合わせる方が利益だ、と思っているのかも知れません。

今回はロシアが立場を同調させ、中国に対して1つ貸しをつくる ~批判に同調する国がなく困っていた中国

飯田)中国に1つ貸しをつくるようなイメージですか?

小泉)そうですね。全体的にウクライナとの戦争のなかで、いろいろなものが苦しくなり、中国に頼らなければならない場面が増えていますから。

飯田)ウクライナとの戦争のなかで。

小泉)だから中国に貸しをつくる。中国が特に重視している問題において、ロシアがその立場に同調してみせるというのは、比較的安上がりだと思います。

峯村)中国にとっては、とてもありがたいことだと思います。この問題で言うと中国は、本来ならばASEANやアフリカなどが同調してくれて、盛り上がったなかで日本を叩こうと思っていたのです。

飯田)処理水の放出で。

峯村)しかし、振り向いたら誰もいなかった。最後にIAEAから「問題なし」と言われてしまい、お友達がいないなかで、やはり最後の頼みはプーチン大統領ですよね。ロシアの支えは大事です。

積極的に中国のジュニアパートナーになろうとは思わないロシア ~中国との関係で風下には立ちたくない

飯田)ウクライナ戦争を通じて、「ロシアは中国のジュニアパートナー化するのではないか」というような話が出ていますが、一連の流れもその証左になりますか?

小泉)そういうところはあると思います。ただ、ロシアとしては、積極的に中国のジュニアパートナーになろうとはしていません。

飯田)ロシアとしては。

小泉)「アメリカのジュニアパートナーか、中国のジュニアパートナーか」と言えば、「中国の方がましだ」とは思っているのですが、なるべく中国との関係で風下には立ちたくないのです。中国の方が総合国力が高いのは間違いありませんが。

飯田)中国の風下には立ちたくない。

小泉)今回の件もおそらく中国に「やれ」と言われて、それに従う形で言っているわけではなく、ロシア側の計算として「このように振る舞えば、この問題では中国に対して貸しがつくれるな」と考えたのではないでしょうか。

飯田)言われたからではなく。

小泉)中国と一緒に日本の周りを爆撃機と軍艦で回って見せるなど、中国が強くなっていくなかでも、ロシアは一定の存在感を確保し続けるのだと思います。

ロシアの思いとは裏腹に中国のジュニアパートナー化が進むロシア ~中国の尻馬に乗るのがいいとする「あわよくば論」も

峯村)ロシアから中国への天然ガスの輸出量は増えているのに、価格が全然上がっていないではないですか。かなり叩き売られている状況があります。加えて、ウラジオストクの港の使用権を中国が得ているような状況もある。ロシアは嫌かも知れませんが、ジュニアパートナー化はかなり進んでいませんか?

小泉)それは間違いないと思います。ロシアのいろいろな言論人の話を聞いていると、最過激派の人たちのなかには「中国のジュニアパートナーになって、尻馬に乗るのがいちばんいいんだ」というようなことを言う人たちもいます。

飯田)そうなのですか。

小泉)中国にはますます発展してもらい、その尻馬に乗っていくことでロシアも一緒に……という、「あわよくば論」のようなものもあります。もちろん、伝統的なロシアの右翼や軍のなかには中国警戒論が根強くあります。ただ、政治的には「中国は最良の友」と言っている最中なので、そういう人々は発言しにくいのです。

中露で折半したはずの「大ウスリー島」 ~最近の中国の地図では島すべてが中国に

小泉)みんな「面白くない」あるいは「ちょっと怖いな」と思いつつ、やはり中国についていくのが、いまのところ最適解になっているのでしょうね。

峯村)わかっていないですね、怖さを。

飯田)中国の怖さを。

峯村)ウラジオストクを獲ったので、「失われた土地を奪ったのだ」と中国のネット民らは盛り上がっています。

小泉)ロシアと中国の国境に大ウスリー島という島があります。これは中露で折半したはずなのですが、中国では最近、大ウスリー島全部が中国になっている地図が出回っているらしいです。

峯村)ありますね。

飯田)仲のよさそうな2ヵ国にも、実はいろいろ思惑があるということですね。

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