
◎2011年10月22日 東京ドーム
横浜 0 1 0 1 0 0 0 0 0 =2
巨人 0 0 0 0 0 0 0 1 4X =5
HR(横浜)村田15号・16号
(巨人)阿部14号 長野13号
「東京ドーム、2対1、ベイスターズが1点をリード。9回の裏、ジャイアンツはノーアウト満塁。代打・長野に3ボール・1ストライク。5球目を投げました。打ったー! ライトに持っていく! ライト、大きな当たり! ライトが下がる! 半身になって下がる下がる! 入ったー!逆転・サヨナラ・満塁ホームラン! 試合を決めたのは代打・長野の逆転サヨナラ満塁ホームラン! すごいことをやりました! 今、ホームイン! 5対2、ジャイアンツ逆転サヨナラ勝ち! ジャイアンツ最終戦、逆転サヨナラ勝ちで、内海が涙です。最多勝争いは、ドラゴンズ・吉見に並んで18勝目を挙げました。最後の最後に長野が決めました!」(実況:山内宏明アナウンサー)
シーズンもいよいよ最終盤に差しかかると、チームの勝敗以外に気になるのが、個人タイトルの行方である。たとえチームにとって“消化試合”であっても、タイトルを争う選手にとっては大きなプレッシャーが掛かることもあるだろう。
2011年10月22日、本拠地・東京ドームで行われた横浜戦。このとき巨人には記録とタイトルが懸かった選手が3人いた。1人目は、当時ルーキーだった澤村拓一。試合前の時点ですでに11勝を挙げ、しかもあと「3回1/3イニング」を投げると、セ・リーグの新人投手では1967年、阪神・江夏豊以来44年ぶりとなる「投球回200イニング」に達するという状況だった。この年、澤村は新人王に輝いたが、シーズン5完投を記録し、極力長いイニングを投げることを目標にしていた澤村にとっては、ぜひとも達成したい記録だった。
2人目は、当時のエース・内海哲也だ。試合前の時点で17勝。18勝でトップの中日・吉見一起に並ぶには、この最終戦で勝利投手にならねばならない。3人目は、2年目の長野久義。こちらは阪神の安打製造機、マット・マートンと首位打者を争っていた。長野のほうが打率が上だったが、残り試合はマートンの方が多かった。長野のほうが先に全日程を終えるため、できる限り引き離しておきたいところだが、凡退すると打率が下がってしまうのが首位打者争いの悩ましいところだ。
当時のジャイアンツ指揮官・原辰徳監督は、最終戦で3人全員の記録達成、およびタイトル獲得を実現させようと、なんと澤村を先発させた。原監督の描いたシナリオはこうだ。「①澤村を3回1/3イニング投げさせたところで降板させる→②リードした場面から内海が登板、勝利投手の権利を獲得→③長野は先発起用せず、使う場合は代打で1打席限定」
なるほど、これなら全員の夢が叶えられるが、1つ問題があった。もし澤村が序盤に打たれてリードを許した場合、内海が途中で登板しても、味方が逆転しなければ勝ちが付かない、というリスクがあるのだ。まずいことに、その不安が現実になってしまう。澤村は投球回200イニングに到達したが、横浜の主砲・村田修一にソロアーチ2発を浴びてしまう。澤村はベンチ裏で「すみません」と頭を下げたが内海は「気にすんな!」と返した。
原監督は2番手に山口鉄也を挟み、5回から内海を登板させた。だが巨人打線は横浜投手陣を打ちあぐね、点差は一向に縮まらない。それでも内海は味方の反撃を信じて腕を振り、スコアボードに「0」を重ねていった。自分のタイトルよりも、シーズンを通じて頑張ってくれた後輩・澤村に黒星をつけたくない、という思いがあったからだ。8回、巨人は阿部慎之助にソロアーチが飛びだし、これで1点差。内海は9回も0点に抑え、巨人は最後の攻撃を迎えた。
厳しい状況にもかかわらず、5 イニングを全力で投げ抜いた内海の姿を見て「何とかエースに勝ちをつけたい」と野手たちも燃えた。敵失とヒット、野選で無死満塁、一打サヨナラのチャンスをつくる。原監督はこの回、内海に代打を送ったため、同点止まりで延長戦になったら内海に勝ちはつかない。逆転が必須のこの場面、原監督が送り出した代打は長野だった。緊張して「打席ではメチャメチャ足が震えました」と言う長野。ここで逆転サヨナラ打を放てば内海は18勝目を挙げ、吉見と並びタイトルが確定する。さらに自身の打率も上がり、マートンを突き放すこともできる。
いろんなものが懸かりすぎていたが、長野はカウント3-1から横浜・山口俊の投じた5球目を強振。打球は右翼スタンドに突き刺さる「代打逆転サヨナラ満塁アーチ」となり、この瞬間、内海の最多勝も確定した。長野と抱き合い「野手の皆さんの気持ちが伝わってきて……すごく嬉しかった」と男泣きした内海。そしてシーズン最終打席で打率を.316に上げ、マートンを突き放した長野は、プロ2年目で初の首位打者に輝いた。長野は昨年の引退会見で、この一発を「キャリア一番の思い出」と語っている。
しかしあらためて思うのは、長野の集中力もさることながら、シナリオが狂ったにもかかわらず、結果的に全員の夢を叶えた原監督の「引き」の強さである。ちなみに長野の一発は、セ・リーグ通算1000本目の満塁アーチでもあった。
<チャッピー加藤>





