本日、9月12日は、作曲家、大野克夫の誕生日である。京都市出身。高校時代よりジャズバンドで活躍し、ザ・スパイダースのリーダー、田辺昭知直々の熱烈なスカウトを受けて上京。1962年、堺正章、井上順、かまやつひろし、井上孝之(現:堯之)ら、後のフロントメンバーよりも先にメンバー入りしている。スチールギターおよびオルガンの名手として、やがて訪れるGS黄金期のバンドをサウンド面で支える要となる、スパイダースにとって欠くことのできない才能であった。
スパイダース解散後は、テンプターズ(萩原健一、大口広司)、タイガース(岸部修三(現:一徳)、沢田研二)、スパイダース(井上堯之、大野克夫)らが集合したドリームバンド「PYG(ピッグ)」に参加。ニューロックを志向した切れ味鋭いサウンドで注目を集めるが、萩原健一が俳優として、沢田研二がソロ歌手として人気を高めるなか、1972年には自然消滅を迎えている。しかしその直前、PYGは小さな一粒の種を残している。それが、テレビドラマ『太陽にほえろ!』(日本テレビ/1972~1986)の音楽だ。
大野克夫作編曲による『太陽にほえろ!』のBGM音楽の演奏は、番組開始以降は「井上堯之バンド」として表記されているものの、レコーディング時にはPYG名義によって行われていた。大野の起用は、初代新人刑事役に内定していた萩原健一が自ら推奨、進言して実現に至っている。同じメンバーとして、PYGの音楽性への自信のほど、さらに大野の作編曲家としての腕前を高く評価していたことが伺える。実際、『太陽にほえろ!』のBGM音楽に対して大野が提供した楽曲は、PYGの音楽性を引き継いだ、小編成のバンド演奏を基調としたヒリヒリするほど乾いた、あまりにも斬新なサスペンス・サウンド。日本のテレビドラマ音楽史においては、職業作曲家が用意したいわゆる「劇伴」を、スタジオ・ミュージシャンが演奏することがこの時期までの常であり、ここまで「バンド」としての個性やスタイルを残したまま、あるいは、ロック・バンドのスタイルを貫き通したBGM音楽は、かつて無いものだった。かくして『太陽にほえろ!』の音楽は、新たな驚きをもって視聴者に迎えられ、番組の人気、その長寿化に大きく貢献したのである。PYGの名は音楽史の彼方に消えいってしまったものの、そのスピリッツは『太陽にほえろ!』の音楽の中に生き続けるのである。
その他にも大野は、『傷だらけの天使』(日本テレビ/1974)、『寺内貫太郎一家』(TBS/1974)、『悪魔のようなあいつ』(TBS/1975)(上記3作は井上堯之と連名)、『祭ばやしが聞こえる』(日本テレビ/1977年)、『浮浪雲』(テレビ朝日/1978)などの人気ドラマの音楽を次々と手掛けていく。『太陽にほえろ!』の音楽も、1980年に井上堯之バンドが解散してからは、大野の個人バンド「フリーウェイズ」を経て、「大野克夫バンド」が継承。作編曲、演奏全体の舵取りを大野が担当することとなった。
この「大野克夫バンド」が、現在もなお、ある番組のBGM音楽を長年演奏し続けているのをご存じだろうか。それが1996年から今なお続くテレビアニメ『名探偵コナン』(ytv)の音楽である。放送開始20年を既に超える長寿番組であり、1997年から始まった劇場版シリーズも2016年4月公開の『名探偵コナン 純黒の悪夢』で既に20作目を迎えている。特に劇場版は、興行収入20~30億円をコンスタントにたたき出す、邦画年間興収ベスト10の常連。特にここ3年間は40億円を超え、最新作『純黒の悪夢』に至っては60億円超という特大のヒットとなっているオバケ・コンテンツでもある。加えて今年は『TV & MOVIE 20周年記念 名探偵コナン コンサート2016』が5月に大阪、東京で開催され、9/17には京都公演も行われるなど、アニバーサリー・イヤーとして様々な企画が進行中だ。
かつて『太陽にほえろ!』の大野克夫サウンドに夢中になった世代には馴染みが薄いかもしれないが、子ども向けアニメと侮るなかれ。そこに流れているバンドサウンドは、少数編成で磨き込んだまさしく大野克夫の「あの音」。『太陽にほえろ!』に勝るとも劣らない切れ味で、健在ぶりを見せている。
大野自身も、『名探偵コナン』の音楽制作について、以下のように語っている。
『バンドを復活させたのも、「太陽~」をレコーディングしたときの熱意みたいなものをもういちど蘇らせたかったから。子どもたちに、生のギターがあり、ピアノがあり、ハモンド・オルガンがあって、打ち込みの機械音だけじゃない、こういう、“せーの”で一緒に演奏するサウンドっていうのはこういうものなんだとわかってもらいたかったんですよね。』
(作家で聴くJASRAC会員作家インタビュー「大野克夫」より)
『名探偵コナン』が20周年、ということは、『太陽にほえろ!』の14年間をとっくに超えてしまっているのである。『コナン』のサウンドトラックCDは、テレビ版・劇場版を合わせると既に28作品にも昇る。もはやコナン・ミュージックは、『太陽~』を超える大野の代表作であり、ライフワークなのだ。『太陽にほえろ!』のあの音を今も胸に宿している諸兄には、今なお進化し続けている、「現在の大野克夫サウンド」にも、ぜひ触れてみていただきたい。
【執筆者】不破了三