「花の82年組」で異色の存在だった伊藤さやか

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80年代アイドルに興味のある方なら、「花の82年組」というフレーズをご存知であろう。有望な新人アイドルを多数輩出した1982年のシーンを象徴する言葉だが、その中にあって異色のアイドルとして登場してきたのが、伊藤さやかであった。本日10月16日は伊藤さやかの誕生日。

「花の82年組」といえば、前年11月デビューの松本伊代を皮切りに、小泉今日子、中森明菜、堀ちえみ、石川秀美、早見優、三田寛子と今でもその名を良く知られるアイドルたちに加え、オスカー・プロモーション内で「パンジー」というユニットを組んで売り出された北原佐和子、真鍋ちえみ、三井比佐子の3人。さらには坂上とし恵、つちやかおり、新井薫子、川島恵、のちに声優や作詞家としてブレイクした川田あつ子などなど。きゃんきゃん、シャワー、企画物グループのスターボーに聖子ちゃんずとまさしく百花繚乱。伊藤さやかはその中でも、ショートカットのボーイッシュな雰囲気が特徴的であった。この時代、アイドルといえばその2年前に登場し大ブレイクを果たした松田聖子のビジュアルを踏襲する向きが多く、誰も彼もがあの「聖子ちゃんカット」でデビューしてきただけに、伊藤さやかの「何か他と違う」ムードは、面白い期待に満ちたものであったのだ。

もともとはモデルとして資生堂「シャワーコロン」のイメージガールとして活躍。81年には日本テレビのオーディション番組『スター誕生!』の番組アシスタントである4人組「くれよん」のメンバーとしても出演していた。
歌手デビューは1982年5月21日、ビクターからリリースされた「天使と悪魔(ナンパされたい編)」。原宿ホコテンのローラー族風のアンちゃんにナンパされ、ついて行こうかどうしようかと悩んでいると、少女の中にある天使の声と悪魔の声が囁く、という滅法面白いアイドル・ポップスである。作詞がHeart Box、作曲にKeith Brownとクレジットされ、まるで洋楽カヴァーのように思ってしまうが、Heart Boxとは作詞家・篠原仁志の変名。Keith Brownは作曲家・鈴木キサブローの別名義である。クニ河内編曲のピコピコ・サウンドが時代を感じさせる、軽快なロックンロール風のナンバーで、アイドルのデビュー曲としてはかなり異色だ。この時代にあっても、アイドルのデビュー曲は自己紹介的な内容、ボーイ・ミーツ・ガール的なテーマが基本であったが、そのボーイ・ミーツ・ガールが「ナンパ」というのだから穏やかではない。だが、これが快活でサバサバした女の子、という伊藤さやかのイメージにピッタリのものであった。

「花の82年組」で異色の存在だった伊藤さやか

この曲はスマッシュ・ヒットを記録したが、これは歌手デビューの約2ヶ月前から放送がスタートした日本テレビの連続ドラマ『陽あたり良好!』で、ヒロインのかすみ役を演じていたことも大きい。『陽あたり良好!』はあだち充の少女漫画が原作で、同じ下宿で暮らすヒロイン岸本かすみと、同級生の高杉勇作の恋模様を描いたラブコメで、共演は前年に歌手デビューした竹本孝之。日本テレビは『奥さまは18歳』の昔からこの手のドラマを得意としているが、近年のスイーツ映画ブームの先駆けといえる設定で、2014年に剛力彩芽と山﨑賢人で映画化された『L・DK』などまんま『陽あたり良好!』の世界である。

この『陽あたり良好!』のかすみ役は当初、やはり前年にアイドル歌手として「インスピレーション」でデビューした沢村美奈子が演じる予定であった。だが、収録時に事務所と制作側の間でトラブルに見舞われ沢村は降板、その代打として伊藤さやかが抜擢されたのである。伊藤さやかのかすみ役は好評であり、偶発的な結果とはいえ、新人アイドルながら歌手活動と主演ドラマを並行して行う、恵まれた形でのデビューとなった。

2作目「アナタトOVER-HEATシタイ」や、ファースト・ミニ・アルバム『ナ・ン・パ……して!』収録曲は、活動的でちょっとコミカルな要素も彼女の個性であった。「アナタト~」のジャケット写真など、アイドルらしからぬキュートな楽しさに溢れている。3作目で最大のヒットとなったアニメ『さすがの猿飛』の主題歌「恋の呪文はスキトキメトキス」など、彼女ならではの世界であり、今もアニソンのレジェンド級名曲として歌い継がれている。

「花の82年組」で異色の存在だった伊藤さやか

しかし、彼女はもともとセックス・ピストルズなどを好んで聴いていたロック少女で、ロック色の強い楽曲を歌いたかったという。4作目「理由なき反抗」あたりからその雰囲気が出てくるが、彼女の音楽的指向はともかく、声質的にも楽曲もロック的ではなかったはずである。思えば『陽あたり良好!』の共演者・竹本孝之もアイドルとしてデビューしながら次第にロックへと傾倒しはじめたのがちょうど同じ時期であったのも、何かの符号だろうか。竹本はのちに自作自演のロッカーに転身していき、伊藤さやかも「伊藤サヤカ」と改名し、桑田靖子らに楽曲提供をするようになる。ロックに恋した女の子・伊藤さやかの思いは、ファースト・フル・アルバム『ヨロシク◇されたい』に収録された「Rock’n Rollに首ったけ」を聴くと、少しだけ伝わってくるような気がするのだ。

「花の82年組」で異色の存在だった伊藤さやか

花の82年組として登場し、ハイスピードであっという間に時代を駆け抜けていった女の子・伊藤さやかは86年発表の9作目のシングル「ハッピネス!!」を最後に歌手活動を休止し表舞台から姿を消すが、2006年に芸能界復帰、現在も女優・タレントとして活躍している。

【著者】馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70~80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。
「花の82年組」で異色の存在だった伊藤さやか

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