ザ・スパイダース「真珠の涙」早すぎた真のJ-POP

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早すぎたJ-POP、それがザ・スパイダースの「真珠の涙」だ。そして筒美京平の珍しい編曲のみのクレジット、曲はムッシュかまやつことかまやつひろしだ。本日、6月5日は「真珠の涙」がリリースされた日である。

「フリ・フリ」というムッシュのオリジナルにして最初期の日本のロック曲でデビューしたスパイダースは「夕陽が泣いている」(66年)「風が泣いている」(67年)という浜口庫之助作曲による二大マイナー・メロディーの大ヒットによって運命を変えた。それぞれ、120万枚、70万枚という売り上げ。歌謡曲なら商売になる。そして近田春夫を始めとするコアな洋楽ファンで構成されたスパイダース・ファンは撤退することになった。それをムッシュは一生のトラウマとした。

ザ・スパイダース「真珠の涙」早すぎた真のJ-POP

しかしムッシュのオリジナル曲への情熱は冷めることはなく爽やかなポップ・ロック「あの時君は若かった」(68年3月)は、18万枚のヒットとなった。恐らく自信と尊厳を取り戻したムッシュが続けて放った自信作が「真珠の涙」(68年6月)だった。

ザ・スパイダース「真珠の涙」早すぎた真のJ-POP
ザ・スパイダース「真珠の涙」早すぎた真のJ-POP

日本の湿度の高い夏にピッタリ、まるで湘南や伊豆の海を潜ったような柔らかな耳心地、ロマンチックなチェンバロがビートを刻み、フルートが切ない夏の恋を呼ぶ妖艶なイントロ。豪華なオーケストラをバックに、あのくったくのない笑顔で、そっと恋人に語りかけるように歌う堺正章と井上順。サビではハツラツとしたマチャアキのソロ歌唱が、耳を奪い、「チュチュチュ」っとアソシエーション風のコーラスが掛け合う。そのアンサンブルの味わいの深さ、編曲のゴージャスさは、静かな事件だった。

60年代前半ビートルズのマージービートサウンドをひな形にした初期スパイダース・サウンドは、「アイアム・ザ・ウォルラス」のようなヘビーなビートルズとは勿論解離する。「あの時君は若かった」は、とにかく歌謡曲とは違うポップなヒット曲を作りたい、とするムッシュの願いが本能のように結実した奇跡の作品だと思う。カテゴライズを許さない。

では「真珠の涙」って一体何なんだ? 歌謡曲でも68年のロックでもない。強いていえばザ・ワイルドワンズも同時期シングル「花のヤングタウン」で意識したようなアソシエーションのソフトロックか? いや、違う。ロックを経過した耳が作った新しい日本のポップス、すなわち「J-POP」の遠い祖先なのではないか?

繊細なコード進行、波が穏やかに磯を洗うような曲の展開は、乱暴な歌謡曲の構成とはほど遠い、洋楽的な感性だ。しかし力強いサビにキラリと光る強い情緒は、まさに日本的。ロックとポップを基盤に、しかしあくまで日本人の感情を基盤にしたJ-POPの作りの元祖といえるじゃないか?

それを可能にしたのは若き、まだ走り始めの筒美京平だ。ビートルズも「ラバーソウル」に始まる中期では、ロックリズムにコーラス・ワーク、鍵盤、ストリングスがからみ高度なサウンドを造り出した。この曲における筒美京平にもナゾらえ可能なジョージ・マーティンが大きな役割を果たしていたのだ。それはもはや従来のビート・バンド、ロックンロールサウンドとはいえなかった。当時のロック兄さんの言葉を思い出す。「ビートルズもソフトになっちゃったな」と。「アイアム・ザ・ウォルラス」は当時難しすぎたのだ。

「真珠の涙」と次作「黒ゆりの詩」もそうだ。そこには「バン・バン・バン」のはっちゃけたスパイダースはない。しかし、向かうべき新しい桃源郷があった。吟味された編曲により、ロック、ソウル的リズム・セクションの魅力を生かし、日本独特の歌メロディーを生かす新しい日本のポップス。それを筒美京平は70年代に可能にする。

ザ・スパイダース「真珠の涙」早すぎた真のJ-POP

例えば南沙織のデビュー曲「17才」を、ひな形にしたリン・アンダーソンの「ローズ・ガーデン」と聴き比べてみるといい。

「あれ?『17才』の方がサウンドが良くネ?」

そう。恐らくセーノ! でバンドのアバウトなスタジオ編曲で作られた「ローズ・ガーデン」よりも緻密な譜面にコントロールされた筒美の「17才」の方がカッコいい。可愛いストリングス、リズムの決め、幕の内弁当のように楽しさが詰まっている「17才」の方がキラびやかなのだ。

グループサウンズが切り開いた「日本のロックの可能性」。その末尾に間に合った筒美京平は、GSが不慮の死を遂げた後、その怨念を70年代に大きく羽ばたいた。その根っこに「真珠の涙」があり、それは遠くJ-POPの祖先となったのである。

(PS、拙バンド、パール兄弟のパールは「真珠の涙」のパールでもある。)

ザ・スパイダース「あの時君は若かった」「真珠の涙」「黒ゆりの詩」ジャケット撮影協力:鈴木啓之

【著者】サエキけんぞう(さえき・けんぞう):大学在学中に『ハルメンズの近代体操』(1980年)でミュージシャンとしてデビュー。1983年「パール兄弟」を結成し、『未来はパール』で再デビュー。『未来はパール』など約10枚のアルバムを発表。1990年代は作詞家、プロデューサーとして活動の場を広げる。2003年にフランスで「スシ頭の男」でCDデビューし、仏ツアーを開催。2009年、フレンチ・ユニット「サエキけんぞう&クラブ・ジュテーム」を結成しオリジナルアルバム『パリを撃て!』を発表。2010年、デビューバンドであるハルメンズの30周年を記念して、オリジナルアルバム2枚のリマスター復刻に加え、幻の3枚目をイメージした『21世紀さんsingsハルメンズ』(サエキけんぞう&Boogie the マッハモータース)、ボーカロイドにハルメンズを歌わせる『初音ミクsingsハルメンズ』ほか計5作品を同時発表。また、2017年10月、中村俊夫との共著『エッジィな男ムッシュかまやつ』(リットー)を上梓。
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