話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、6月25日の女子ソフトボール・日米対抗第3戦で米国を完封した、藤田倭(やまと)選手のエピソードを取り上げる。
「上野さんがいないなかで、エースとしての役割を果たせるか、試された試合だった」(藤田)
2020年・東京オリンピックで、野球とともに正式競技として復活する女子ソフトボール。金メダル候補の日本と米国が戦う「日米対抗ソフトボール2019」の最終第3戦が、25日、東京ドームで行われました。第1・2戦は22・23日に仙台で行われ1勝1敗。
勝ち越しが懸かる最終戦。日本代表・宇津木麗華監督が先発に指名したのは、藤田倭(28=太陽誘電)でした。
投打に活躍し「ソフトボール界の大谷翔平」と呼ばれている藤田。2016年、日本リーグ女子では、打者として8本塁打・20打点をマークし、本塁打王・打点王と同時に、投手としても14勝を挙げ最多勝。変則3冠に輝き、MVPにも選ばれました。
2008年の北京オリンピックで、準決勝→(敗者復活)3位決定戦→決勝と2日間で3連投。合計413球を投げ抜き、金メダルの立役者となったエース・上野由岐子(36=ビックカメラ高崎)が、11年経った現在も大黒柱として投げ続けている日本代表。
その上野が、4月に日本リーグ女子の試合でピッチャーライナーを左あごに受け骨折。日米対抗を欠場することになり、“代役エース”に指名されたのが藤田でした。
宇津木監督は、仙台での第1・2戦に藤田を登板させず、打者でも起用することなく温存。満を持して、最終戦のマウンドに送り出したのです。
「プレッシャーも感じたけど、監督の思いが強くて、応えないといけない熱い気持ちになった。何とか思いに応えたい」
前日練習の際、記者たちを前にそう宣言した藤田。ライバルとの決戦を前に、宇津木監督から言われたことがありました。
「笑うなら、ずっと笑う。泣くなら、ずっと泣いて投げなさい!」
要するに「試合中、表情を変えるな」ということです。マウンドでは常に表情を変えない上野に対し、藤田は感情が表に出やすいタイプ。試合中、気持ちが顔に出てしまうと、相手に心理を読まれてしまいます。「そういうピッチャーは打たれやすい」と宇津木監督は指摘。
北京のときと違い、2020のマウンドは、30代後半になった上野1人に任すわけにはいきません。オリンピックの前哨戦でもあるこの試合は、藤田に“新エース”としての自覚を促す戦いでもありました。
また藤田にとっても、この試合は負けられないゲームでした。米国とは昨年(2018年)8月の世界選手権・準決勝で対戦し、完投しましたが3-4で惜敗。11月にジャパンカップ決勝でも先発のマウンドを託されましたが、2失点で降板。2連敗を喫していたのです。
「上野さん1人では体力的にもきついけれど、同じレベルにならないと(代表の)マウンドには立てない」
代表を背負う重みと、力不足を痛感した藤田は、必死でトレーニングを積み、雪辱を期して決戦のマウンドに上がりました。
米国は、藤田対策で先発に左打者を6人並べて来ましたが、藤田は臆せずインコースを積極的に突き、緩急の差、高低差もうまく使って、米国打線から三振を奪って行きました。
相手を三振に仕留めても「やった!」という表情を見せず、際どい球を「ボール」と判定されても「何で?」と不満を顔に出さなかった藤田。
6回2死一・二塁の場面では、スポールディングを空振り三振でピンチをしのぎ、試合は0-0のまま延長8回へ。二塁にランナーがいる状態から始まる「タイブレーク」に突入します。8回表、藤田は1死満塁とされますが、4番・アギュラーを空振り三振、スポールディングをセンターフライに打ち取ってピンチを切り抜けました。
ここでも冷静沈着、宇津木監督の出した精神面での課題もクリアした藤田。奮闘する新エースを、打線が援護します。
8回裏、タイブレークの走者に立ったのは、藤田とバッテリーを組む捕手・我妻悠香でした。1死三塁から、宇津木監督はサインプレーを仕掛けます。森さやかが投手の右へ絶妙に転がし、スタートを切っていた三塁走者・我妻がホームイン! 日本はサヨナラで宿敵・米国を下し、勝ち越しを決めたのです。
試合後、1人で投げ抜いた藤田を、宇津木監督はこう讃えました。
「力で行っていいときもあるけど、きょうは自分の持っている技を使っていた。無理に力勝負に行かなかった。ソフトボールが分かってきた」
藤田も、これからが本当の戦いであることはよくわかっています。
「これから研究される。1年後が勝負。しっかり準備していきたい」
金メダル獲得には、新旧エースの活躍が不可欠。打撃も含め、藤田のさらなる成長に期待です。