女子レスリング・吉田 絶対的王者が持ち続けてきた苦悩
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。本日は、8日に現役引退を表明した女子レスリング・吉田沙保里選手のエピソードを取り上げる。
「この度、33年間のレスリング選手生活に区切りをつけることを決断いたしました。ここまで長い間、現役選手として頑張ってこれたのも沢山の方々の応援とサポートのおかげです。みなさん、本当にありがとうございました」
8日に自身のツイッターで、現役引退を発表した吉田沙保里。2004年アテネ、08年北京、12年ロンドンとオリンピック3連覇を達成し、世界大会は02年から16連覇。個人戦206連勝を達成し、「霊長類最強女子」の異名を取ったのはご存じの通り。ロンドン五輪後の12年には、国民栄誉賞も受賞しています。
しかし、4連覇を期待されたリオ五輪では、決勝で米国のヘレン・マルーリスに敗れ、まさかの銀メダル。五輪連覇も個人戦連勝記録も途切れてしまいました。試合後、吉田は声を震わせて、こうコメントしました。
「取り返しのつかないことをしてしまった……。日本選手団の主将として、絶対に金メダルを獲らなければいけなかったのに、本当にすみません」
口を突いて出て来たのは、後悔と謝罪の言葉ばかり……。リオで日本女子レスリング勢は、58キロ級で伊調馨が4連覇を達成。さらに登坂絵莉(48キロ級)・川井梨紗子(63キロ級)・土性沙羅(69キロ級)と、20代前半の若手たちも揃って金メダルを獲得し、メダルラッシュに沸いていました。
それだけに、「なぜ私だけ……」と自分を責めた吉田。しかし、当時吉田は33歳。絶対女王といえども、年齢から来る衰えは隠せず、また、リオの2年前に父親の英勝(えいかつ)さんを亡くすという不幸にも見舞われました。
レスリングの元全日本チャンピオンで、3歳の頃から吉田を厳しく鍛え上げ、ずっと叱咤激励してくれた英勝さん。大きな心の支えを失うなか、吉田は孤独に戦っていたのです。しかし「吉田は勝って当たり前」と思っている世間は、そんな王者の苦悩を知りません。そもそも、30代になっても銀メダルを獲ったこと自体がすごいこと。なぜ謝る必要があるのでしょうか? 母の幸代さんは、愛娘をこうねぎらいました。
「霊長類最強とか言われても、私のかわいい娘。立派な銀メダル、おめでとう!」
実は、3連覇を達成したロンドン五輪の後も「もうレスリングはいいじゃない」と引退を勧める家族に、「いや、私はリオを目指す!」と即答した吉田。それは、アスリートとしての本能もありますが、日本の女子レスリング界を、まだまだ自分が引っ張って行かなくては、という責任感の表れでもあったのです。
しかし、リオで敗れたことで、「東京で5連覇を!」というプレッシャーから解放されたのもまた事実。リオ直後に「東京五輪を目指す」と、一度は現役続行を宣言した吉田ですが、同時に日本女子代表のコーチにも就任。指導者としての道も歩み始めたことで、少しずつ心境の変化が生まれたのでしょう。
道を切り拓いた、第一人者ゆえの責任感……リオで金メダルを獲った若手たちは、全員、そんな吉田の背中を見て成長して行ったのです。
「今の私があるのは、沙保里さんのおかげ」(登坂絵莉・25歳)
「レスリングを始めたときから、沙保里さんはわたしの目標で尊敬する人です!」(土性沙羅・24歳)
吉田の引退ツイートが発表された直後、そんな感謝のコメントを記した、後輩の金メダリストたち。そして吉田と同じく、日本の女子サッカーを背中で引っ張って来た澤穂希さんも、親友・吉田にこんなメッセージを送りました。
「この決断をするまでに、沙保里はたくさん悩んだ事と思います。沙保里のレスリングをする姿が見れなくなるのはとても寂しいですが……これからも沙保里らしく新しい道でも全力で頑張って欲しいです。まずはゆっくり休んでください。本当にお疲れ様でした」
東京でも金メダルラッシュを期待されている、女子レスリング勢。今度は「最強コーチ」として、吉田は後輩たちを牽引して行きます。