【大人のMusic Calendar】
これで最後だと思ったファンは、当時どのくらいいたのだろうか。
1966年8月29日、ザ・ビートルズはサンフランシスコのキャンドルスティック・パーク(大リーグのサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地)で、結果的に最後となる“公のコンサート”を行なった。62年のデビュー以来、マネージャーのブライアン・エプスタインの手腕のもとに“アイドル街道”をひたすら走り続けてきたビートルズだったが、とくに65年以降は状況が徐々に変化していく。
「こんなはずじゃなかった!」
ジョンが「ヘルプ!」で歌ったのは、アイドルとしての苦悩でもあった。とはいえ、まだまだ“4人はアイドル”を演じ続けなければならない時期、特にジョン(とジョージ)の不満は徐々に募っていった。そうした中で、部分的に取り上げられて大騒動へと発展したのが、ジョンの「キリスト発言」だった。
「ビートルズはキリストよりも有名だ」
イギリスでのキリスト教の影響力の低下を、「ビートルズ」を対象化して引き合いに出したジョンの真意は、しかしながら曲解されてしまった。いわば「何言ってんだ、お前」という話として、特にアメリカ南部ではレコード焼き討ちやKKKからのジョンへの暗殺指令をはじめ、過激化していった。当時SNSがあったらどうなっていたかと思うと、空恐ろしい。
ビートルズのラスト・ライヴはそうした状況の中、夏(8月12日から29日)の北米ツアーの最終日に行なわれたものだった。日本公演から2ヵ月後のことだ。スタジアムの最大収容人員42500人のうち、集まったのは25000人。空席が目立つ会場も含め、ライヴ活動は、4人にとってもすでに野球の消化試合のようなものになっていた。
「僕らは蝋人形同然だった。ファンは演奏を聴かず、突進するのに夢中だった。コンサートは、演奏とは何も関係ない儀式みたいなものでしかない」(ジョン)
「ツアーを続ける価値があるだろうかと思った。僕らは飽きていたんだ。何年にもわたるホテル暮らしから疲れ切ってしまった」(ポール)
「ビートルマニアにもうんざりしていたんだ。もはや名声や成功を素直に喜べる状態になかった」(ジョージ)
「コンサートは退屈なだけでなくミュージシャンとしての技量も落ちていった。寝ているとき以外、常に人に囲まれているプレッシャーも相当なものだった」(リンゴ)
ステージはスタジアムの後方(野球場のバックスクリーンの前)に設置され、観客席からは、ほとんど檻の中に入っている、まるで動物を見るかのような情景に写った。演奏中も、警備の警官と、観客席のないグラウンドに飛び降りたファンとの追いかけっこがあちこちで繰り広げられる。
そして演奏終了後、即座に装甲車に押し込まれ、すごい勢いでスタジアムをあとにする4人。そのときのやりとりは映画『EIGHT DAYS A WEEK』にも出てくるが、装甲車の中で左右にガンガンぶつかりながら帰る「4人はアイドル」――誰もが口を揃えて「もうやってらんない」「こりごりだ」と思ったのは、ある意味、当たり前すぎる話だった。
さまざまなプレッシャーにさらされながら、檻の中の甲虫を演じたビートルズは、これが最後になる(かもしれない)と思っていた。それは、広報担当のトニー・バーロウがポールから「今日のファイナル・コンサートをポータブル・カセットレコーダーで録音してほしい」と頼まれたことや、4人がステージにカメラを持ち込み、ステージ上でお互いの「記念写真」を撮ったことなどからも明らかだ。
演奏曲は、日本を含む66年のツアーと同じく「ロック・アンド・ロール・ミュージック」から始まるが、最後は「アイム・ダウン」ではなく「ロング・トール・サリー」だった。新曲は、66年のシングル「ペイパーバック・ライター」のみ。8月に出た最新アルバム『リボルバー』収録曲や、アルバムからシングル・カットされた「イエロー・サブマリン」と「エリナー・リグビー」もやらずじまいだった。
ポールに頼まれたトニー・バーロウは、球場のグラウンドの中央でマイクを持って録音したそうで、最後の「ロング・トール・サリー」を1分ほどしか収められなかったのは、メンバーが会場を後にする準備があったためだという(片面30分テープの最後が切れたという説もある)。ダビングしたテープはポールが持っているらしい。
こうしてライヴ・バンドとしてのビートルズは終焉を迎え、しばしの休息後、アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を発表。レコーディング・アーティスト=新たなバンドとして復活するのだった。
ザ・ビートルズ「ペイパーバック・ライター」ジャケット撮影協力:鈴木啓之
【著者】藤本国彦(ふじもと・くにひこ):CDジャーナル元編集長。手がけた書籍は『ロック・クロニクル』シリーズ、『ビートルズ・ストーリー』シリーズほか多数。映画『ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK』の字幕監修(ピーター・ホンマ氏と共同)をはじめビートルズ関連作品の監修・編集・執筆も多数。最新編著は、野上彰著『前奏曲』、朝日順子著『クイーンは何を歌っているのか?』。