大谷の“リアル二刀流”支えるマドン監督が描く“最高のシナリオ”
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、日本時間4月27日に行われたレンジャーズ戦で、今季(2021年)2度目の「リアル二刀流」を披露し、3年ぶりの勝利投手となったエンゼルス・大谷翔平投手にまつわるエピソードを取り上げる。
ついに投げて、打って、勝ってしまいました。「本塁打数トップの選手が、先発投手として登板して勝ち、マルチヒットを打つ」……いやいや、そんなのムリでしょう、ということを、大谷翔平は現実にやってのけているのです。しかもメジャーの舞台で。
メジャー担当記者たちは、大谷が投げるたびに、毎回大昔の記録を引っ張り出さなければなりません。大谷の本塁打数は、27日(日本時間)の試合前の時点で、アメリカンリーグトップタイの7本。「本塁打数トップの選手が、先発投手として登板」したのは、あのベーブ・ルース以来で、何と100年ぶりのことでした。
100年前のメジャーリーグは、まだ投打の分業も完全でなかった時代。ルースの記録は、そんな時代だから生まれた記録です。ピッチングもバッティングもそれぞれが高度に進化したいまとなっては、掛け持ちは至難の業。誰も挑戦しようとすら思わなかったからこそ、これは「100年ぶり」の記録になったのです。
大谷の考えは、プロ野球の世界に入ったときから極めてシンプルです。「投げるほうも、打つほうも、どちらもやって行きたい」。日本で大谷が二刀流を始めたとき、ほとんどの評論家や記者は「無謀だから早くどちらかに絞らせるべき」と言いました。ですが、大谷のように投打両方に抜きん出た才能を持つ選手がいて、本人がやりたいと言っているならば、両方やらせてみればいいじゃない……落合博満氏などがそう発言。その通りだと思います。大谷はそれこそ「100年に1度」の選手なのですから。
2016年、投げては10勝、打っては本塁打22本を放ち、日本ハム10年ぶりの日本一に貢献。反対した人たちを結果で黙らせた大谷。二刀流の全面バックアップを誓い、ときにはDH(指名打者)解除という荒技に出た栗山監督のサポートも見逃せません。ただ、栗山監督のように、全面バックアップしてくれる指揮官がメジャーにいるのか? そこが懸念の1つでしたが、まさにそういう人物がエンゼルスの監督に就任。ジョー・マドン監督です。
メジャー屈指の策士として知られるマドン監督。2016年、カブスを「ヤギの呪い」から解き放ち、108年ぶりのワールドシリーズ制覇に導いた名将です。昨季(2020年)からエンゼルスの監督に就任。「大谷をどう使うのか?」が注目されていました。
マドン監督は、大谷のヒジが万全になった今季から、本格的に二刀流を復活させることに決定。しかも、登板日も打席に立たせる「リアル二刀流」を実行することに決めました。日本ハム時代には何度か披露されましたが、渡米後は一度も実現していませんでした。
「リアル二刀流」は大谷が望むことでもあり、ファンが本当に見たいものでもあります。それができる「100年に1度」の選手がいるなら、やらせない理由がどこにある?……マドン監督の考えも極めてシンプルです。
投手・大谷を打席に立たせるためには、DHを解除しなければいけません。大谷が降板したあと、その打順にピッチャーが入ってもあまり影響のないところ、ということで、マドン監督がまず試したのは「1番ピッチャー・大谷」でした。
3月、パドレスとのオープン戦に「1番ピッチャー」で出場した大谷は、打っては2打数2安打、投げては4回2安打1失点で5奪三振。メジャー移籍後の自己最速を更新する約164キロを計測した大谷。マドン監督は「行ける!」という確信を得ました。
ただし、この策はビジターゲーム限定。ホームの試合だと、1回表を投げ終わった直後、すぐ打席に立つことになるからです。しかし、先に述べた理由で中軸には置きづらく、かといって下位に置くのは、大谷の打力を考えるともったいない。ホームのファンにも「リアル二刀流」を見せたいマドン監督がひねりだした案が「2番ピッチャー・大谷」でした。
2番なら、1回表が終わって、先頭打者が打席に立っている間にひと呼吸入れることができます。2番に強打者を置くのはここ最近のトレンドでもありますし、左打者の大谷がそこに入れば、後ろのトラウト、レンドーンら右の強打者とのつながりも理想的……なるほど、です。
4月4日、ホームで行われたホワイトソックス戦。投手として今季初登板となった大谷は「2番ピッチャー」で出場。1回表を無得点に抑えると、その裏、特大の2号本塁打を放ちました。投げては163キロを計測。この試合は勝利投手目前の5回、マメの影響もあったのか大谷は突然制球を乱し、同点に追い付かれたところで降板。勝敗は付きませんでしたが、「先発投手の特大ホームラン」は、地元ファンのみならず全米を沸かせました。
大谷はマメのこともあり、投手としては少し間隔を開け、日本時間21日のレンジャーズ戦に調整登板(打席には立たず)。4回無失点と順調なピッチングを見せ、中5日で満を持して、日本時間27日のレンジャーズ戦に「2番ピッチャー」で出場しました。初回いきなり4点を失いますが、味方打線が2回に同点に追い付き、3回、さらに3点を奪って突き放します。この「味方打線」に大谷自身も入っているのがミソです。
大谷は、打っては3打数2安打、2打点、3得点。相手守備のスキを突いたバントヒットも見せました。投げては5イニングを3安打4失点、9奪三振。投手としては新人王を獲った2018年以来、3年ぶりの白星を手にしました。
今回もまた、全米を沸かせた大谷。新型コロナの影響で世界全体が閉塞しているいま、大谷の「100年に1度」の活躍が人々の励みになっているか、マドン監督はよくわかっています。試合後の会見で、指揮官はこう語りました。
『指揮官は試合後の会見で大谷について訊かれると、「オオタニはバント安打を含めてあらゆることをした。今日の彼のプレーを見て面白いと感じないなら、野球の試合を見て面白いと感じることはできない」と大絶賛。さらにこう続けた。「エンジェルスの選手たちは、オオタニが成し遂げていることの真価を認めているんだ」』
~「THE DIGEST」 2021年4月27日Web配信記事 より
監督の役目は、個の力を最大限に引き出し、チームを勝利に導くこと。大谷の二刀流でチームに刺激を与え、2014年以来ご無沙汰になっているプレーオフに進出。ワールドシリーズでも「リアル二刀流」を披露し、頂点に立つことが、マドン監督の描いている青写真なのです。