最年少100号達成 村上宗隆を育てた高校時代の“恩師の言葉”

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、史上最年少で通算100本塁打を達成した東京ヤクルトスワローズの若き主砲・村上宗隆にまつわるエピソードを取り上げる。

最年少100号達成 村上宗隆を育てた高校時代の“恩師の言葉”

【プロ野球DeNA対ヤクルト】1回 先制満塁本塁打を放つヤクルト・村上宗隆=2021年9月21日 横浜スタジアム 写真提供:産経新聞社

9月19日、神宮球場で行われたヤクルト-広島戦。初回、ヤクルトの攻撃で歴史的な記録が生まれました。村上宗隆がライトスタンドへソロアーチを放ち、通算100本塁打を達成。21歳7ヵ月での到達は、清原和博が西武時代につくった記録・21歳9ヵ月を抜き、史上最年少記録となりました。

思い返せば、村上のプロ第1号は高卒1年目の2018年9月16日で、くしくも今回と同じ神宮球場の広島戦でした。「プロ初打席・初安打が初本塁打」という衝撃デビューを飾った村上。それからほぼ3年で大台に到達し、プロ野球の歴史にその名を刻みました。

もっとも、村上本人はこの偉業にも浮かれる様子はありません。

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『まだまだ通過点。ほんとに通過点。目標はまだまだもっともっと上にある』

~『中日スポーツ』2021年9月19日配信記事 より(村上の試合後コメント)

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「目標」とは、個人の記録やタイトルではなく、チームとして高みを目指すこと。現在三つ巴のセ・リーグを戦うヤクルトの4番だからこそ、あくまで優先すべきはチームの勝利と優勝につながるバッティングであることを自覚しての発言です。

村上の座右の銘は「臥薪嘗胆」(がしんしょうたん)。目標を達成するために苦労をじっと耐え忍ぶ、という意味の言葉を胸に秘め、優勝という最高の目標を目指しているのです。まだ20歳の若者がこれほどストイックになれる背景には、この「臥薪嘗胆」という言葉を授けてくれた高校時代の恩師の教えがあります。

九州学院高校時代の村上は、高校通算52本塁打を放ったスラッガーでした。ただ、甲子園出場経験は1年夏だけ。同級生の早稲田実業・清宮幸太郎(現・日本ハム)、履正社・安田尚憲(現・ロッテ)、広陵・中村奨成(現・広島)らの影に隠れ、18歳以下の日本代表入りを逃す悔しさを味わいます。

そんな村上に対し、九州学院高での恩師、坂井宏安監督(当時)はこんな言葉を贈ったのです。

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「彼らはあれだけ甲子園で活躍した。だけど、今からはそれが目標じゃない。17歳でプロに入って10個上、20個上の先輩を押しのけていかないといけない。そして最終的には日本代表のトップチーム。一番上の日の丸をつけなさい、と。そのためには『臥薪嘗胆』だ」

~『サンケイスポーツ』2021年6月17日配信記事 より(高校時代の恩師・坂井宏安監督のコメント)

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恩師の言葉どおり、この夏、日本代表のトップチーム「侍ジャパン」の一員として日の丸をつけてオリンピックに出場。金メダル獲得に貢献したのはご存じのとおり。高校時代、日本代表入りを逃した悔しさを糧に精進を積み重ねて来たことが、オリンピックでの活躍、さらに今回の「史上最年少100号」につながったのです。

また、「臥薪嘗胆」のような言葉だけでなく、高校時代の具体的な指導や育成内容でも、いまの「球界を代表する打者・村上」を形作ったものがあります。それは高校1年の秋から始めた「捕手への挑戦」です。

いまでは一塁手や三塁手での姿がおなじみですが、ドラフト時は「超高校級捕手」の評価だった村上。この捕手挑戦には次のような狙いがありました。

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「捕手を任せたのは、考えて成長してほしかったから。『捕手は投手コーチのつもりでやれ』と伝えた。投手を勉強し、特徴や癖を見たり、タイミングを盗んだり。初球がここなら、じゃあ次はこうだ、外れても次はこうしようと対応を変えたりと工夫できるようになっていった」

~『時事通信』(躍り出た「令和の怪童」村上宗隆)より(高校時代の恩師・坂井宏安監督のコメント)

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こうして高校時代から野球に関しての頭脳を磨き、配球についても深く考えたことで、村上はある突出した能力を身につけます。それは「抜群の選球眼」。プロ入り後、村上をそばで見て来たコーチ陣も、村上の選球眼を高く評価しています。

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『まず選球眼がいいと思う。その選球眼の良さは(投手との)タイミングを取る上でいい間があるからこそだと思う。そういうのをこれからも試合で継続していけばいい』

~『サンケイスポーツ』2018年5月2日配信記事 より 三木肇・ヤクルト2軍チーフコーチ(当時)のコメント

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「逆方向への飛距離がとくに魅力的で、『こんな子がいたんだ』と。実戦ではプロの変化球に苦労すると思っていたのですが、選球眼が普通の18歳の選手とは違っていました。ホームランの数よりも四球の多さが印象に残っています」

~『web Sportiva』2021年9月19日配信記事 より 北川博敏2軍打撃コーチ(当時)のコメント

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この類まれなる選球眼のよさを発揮し、昨季、リーグ1位となる87四球を選んだ村上。四球の多さも手伝って、プロ初のタイトル「最高出塁率」(.427)を獲得しました。さらに今季も、9月20日現在で選んだ四球の数は「84個」。2位の広島・鈴木誠也選手(69個)に15個の大差をつけてリーグトップ。出塁率でもリーグ上位を争っています。

この「四球の多さ」「出塁率の高さ」もまた、主砲としてチームの勝利と優勝を最優先に考えているからこそ。好球必打を心がけながら、史上最年少100号を達成したのだから恐れ入ります。若き大打者がこれから先、どんな成長曲線を描くのか。村上の「臥薪嘗胆」の道はまだまだ続きます。

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