羽生結弦という存在は常に重荷だった 羽生結弦選手の記者会見

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産経新聞運動部の田中充記者が7月20日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。第一線を退く意向を表明したフィギュアスケート・羽生結弦選手について語った。

羽生結弦という存在は常に重荷だった 羽生結弦選手の記者会見

【羽生結弦 決意表明記者会見】フィギュアスケートの羽生結弦が記者会見で競技からの引退、プロ転向を表明した=2022年7月19日 東京・赤坂 写真提供:産経新聞社

フィギュアスケート・羽生結弦選手「第一線を退く」と表明

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羽生結弦選手)まだまだ未熟な自分ですけれども、プロのアスリートとしてスケートを続けていくことを決意いたしました。これからもプロのアスリートとして、競技者としての他のスケーターと比べ続けられることはなくなりました。ただ、これからは自分のことを認めつつ、また自分の弱さと、そして過去の自分とも戦い続けながら、これからも滑っていきたいと思います。

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フィギュアスケート男子でオリンピックを連覇した羽生結弦選手が7月19日、記者会見を開き、第一線を退く意向を表明した。今後、競技会には出場せず、プロに転向する。

次なるプロのスケーターへステップアップという「決意の場」

飯田)19日の会見を間近にご覧になっていて、羽生選手の表情など、どうお感じになりましたか?

田中)非常に注目の高い会見で、報道陣も150人くらい訪れたのですが、羽生選手は会見の冒頭に深々と頭を下げ、これまで支えてくれた方々への感謝の気持ちを強調されていたのが印象的でした。

飯田)感謝の気持ちを。

田中)会見は約1時間あったのですが、終始晴れやかな表情を見せていました。「引退」というような悲壮感ではなく、自ら「決意表明の場」と記したように、次なるプロのスケーターへステップアップしていくのだという決意が見て取れる会見でした。

羽生選手がどんな言葉で表現するかに注目

飯田)当日、一部メディアが先走るような形で報じていましたが、会見場全体の雰囲気はいかがでしたか?

田中)ファンの方々にとっては、フライング報道と言われるものについて賛否あったと思います。しかし報道陣からすると、羽生選手の年齢を考えても、今回の決意表明の場の会見は前日にお知らせが届いたのですが、その段階でおそらく競技界からの卒業だと思われていました。ですので、それほど報道に驚きを感じている記者はいませんでした。

飯田)報道側は。

田中)むしろ、羽生選手はこれまでも世間の関心を呼び込むような名言を会見の場などでたくさん残していますから、会見が始まる前は「羽生選手がどういう表現をするか」ということを、むしろみんな楽しみに待っていたように思えます。

羽生結弦という存在は常に重荷だった

飯田)会見のなかで印象に残った羽生選手の言葉はありましたか?

田中)私が質問したことなのですが、羽生選手は競技者としては「絶対王者」と呼ばれていて、日々の言動からも人間性が高く評価されるアスリートです。そのため「羽生結弦であることは苦しくなかったのか」ということを聞いたのですが、彼は率直に「僕にとって羽生結弦という存在は常に重荷だった」と言っていました。一方で、「これからも自分自身、完璧でいたいと願って、もっともっといい羽生結弦でいたい」と答えていたのが印象的でした。

野球選手とフィギュアスケーターのプロとアマの違い

ジャーナリスト・佐々木俊尚)「第一線から退く」、「引退する」という言葉の意味は、アスリートにとってどういうものなのか。例えば野球だったら、アマチュアからプロに転向することを「引退」とは言わないわけです。プロ野球であっても、戦うということがあるからだと思うのです。

田中)野球の場合。

佐々木)フィギュアの場合は、プロになるとショービジネス的なものになると思うのですが、その辺りのスポーツの世界における「プロ」と「アマチュア」の違いというか、「競技」と「プロ」の違いをどのように捉えていらっしゃいますか?

田中)いまおっしゃられたように、フィギュアスケートの競技で言われるアマチュアとは、いわゆるオリンピック、世界選手権、全日本選手権。あるいはその他の国際大会もそうなのですが、競技会に出場することを言うのです。

飯田)アマチュア選手が。

田中)プロのスケーターになると競技会には出場せず、アイスショーに軸足を置いていきますから、1つ1つのジャンプやステップなどの技術よりも、お客さまに表現面、芸術性をより高めたプログラムを見せるような役割を果たしていくことになるのです。

これまでのスケーターとは違うプロの姿を見せてくれるのでは

田中)ですから、失敗のリスクを回避するために難しさを下げるので、アマチュアとプロはそこが違ってくるという認識が一般的です。しかし、羽生選手が少し違うのは、アマチュアのいまのレベルでも誰も飛べていないような、4回転半ジャンプの成功を掲げてプロの世界へ飛び込んでいくことです。これまでのようなアイスショーとは違った、競技会のようなハイレベルな演技を見せる。これまでのスケーターとは違うプロの姿を見せてくれるのではないかなと期待しています。

怪我には触れず、自分のスケートを観ていただく機会を試合以外にもつくることを理由に挙げる羽生選手

飯田)4回転半に挑戦する一方で、体に掛かる負担は当然大きくなります。平昌オリンピックの直前にも怪我をされたという話もありましたが、体の状態はどうなのでしょうか?

田中)羽生選手は平昌オリンピックのときもそうですし、北京オリンピックのときもそうなのですが、フリー前日の公式練習で右足首を痛め、当日は痛み止めの注射を打って出場しているのです。

飯田)そうでした。

田中)ですから、今回の決断の理由として、満身創痍であったと。右足首の状態がいい状態でないことは、否定できないと思います。ただ、羽生選手らしいなと思うところなのですが、第一線を退く決断の理由として、あえてその部分には触れていません。これまでの「試合」という限られた場所だけでなく、「いろいろな方法で自分のスケートを観ていただく機会をつくっていきたい」と、そういう理由をあえてプロに転向した理由に挙げていたところは、なかなか羽生選手らしいなと思いました。

羽生選手の挑戦を見た若い世代が5回転ジャンプを切り拓く可能性も

飯田)羽生選手という大きな存在がプロの方に退いていく。今後の日本のフィギュアスケート男子はどうなるのでしょうか?

田中)フィギュアスケートの男子は、高橋大輔選手が知名度を大きくして、羽生選手がスケートという枠を超えた国民的な競技にしたのです。

飯田)国民的な競技に。

田中)羽生選手が子どものころは、フィギュアスケートは女子が全盛の時代ですから、男子のスケーターは少なかったのです。しかし、いまは羽生選手がオリンピック2連覇を達成し、この10年近くにわたって世界のトップであり続けたことで、彼を目標にスケートを始めた子どもたちが全国各地にいます。彼が蒔いた種がこの先、咲いていくのではないでしょうか。

飯田)羽生選手が蒔いた種が。

田中)時代としては、世界のトップ選手のほとんどが4回転ジャンプを飛ぶのですが、羽生選手が始めたころは4回転ジャンプなど、誰も飛んでいなかったわけです。羽生選手の挑戦を見た若い世代が、いずれ5回転の時代を切り拓く可能性もあると思います。

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