「“番”が回ってきた」 初優勝・逸ノ城と横綱・照ノ富士の「固い絆」

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、7月24日の大相撲名古屋場所で悲願の幕内初優勝を飾った逸ノ城関と、横綱・照ノ富士関との“絆”にまつわるエピソードを紹介する。

「“番”が回ってきた」 初優勝・逸ノ城と横綱・照ノ富士の「固い絆」

大相撲名古屋場所・千秋楽 初優勝を飾り、陸奥事業部長(右、元大関霧島)から賜杯を受け取る平幕逸ノ城=2022年7月24日、愛知・ドルフィンズアリーナ 写真提供:産経新聞社

『今まで味わったことがないので、本当にうれしかった。親方をはじめ、おかみさん、部屋の力士、付け人、いつも支えてくれるみなさんに報告したいです』

~『スポーツ報知』2022年7月25日配信記事 より(優勝当日・逸ノ城のコメント)

新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、戦後最多となる関取23人が休場した大相撲名古屋場所。十両・幕内の取組も大幅に減るなかで、場所を盛り上げたのが平幕の逸ノ城でした。

西前頭筆頭だった5月の夏場所は、場所前に受けたPCR検査で陽性反応が出たため全休を余儀なくされました。名古屋場所は、番付ほぼ据え置きの西前頭2枚目で迎えた逸ノ城。しかし、初日からブランクをまったく感じさせない快進撃が始まります。

初日に若隆景、2日目に大栄翔と両関脇を破り、3日目は小結・豊昇龍にも勝利。4日目に大関・貴景勝を破ると、5日目には、横綱・照ノ富士から金星を挙げ、6日目には大関・御嶽海も撃破。土付かずの6連勝を飾ったのです。

『6連勝した時、もしかしたらいけるんじゃないかと意識しました』

~『スポニチアネックス』2022年7月25日配信記事 より

この時点で上位との対戦はあらかた済んでいて、あとはほとんどが下位力士との対戦。しかも体がよく動く。「ひょっとしたら優勝できるかも?」と考えても不思議ではありません。

ところが……7日目、大関・正代に初黒星を喫すると、8日目は同じ前頭2枚目の琴ノ若に連敗。

『考えすぎて意識しちゃったところあるので、これはダメだと思って気持ちを切り替えて相撲に集中しました』

~『スポニチアネックス』2022年7月25日配信記事 より

やはり余計なことは考えない方がいいと、逸ノ城は後半戦から気を引き締め直します。これが功を奏し、9日目から再び連勝街道へ。11日目には小結・阿炎を下し、これで三役以上の力士から7勝。正代以外は全員負かしたことになります。

12日目も勝ち、13日目は不戦勝で、この時点で11勝2敗。気付けば横綱・照ノ富士と並んで優勝争いのトップに立っていました。もう上位とは当たらないので逸ノ城有利という声もありましたが、14日目、前頭10枚目の明生に敗れてしまいます。ところが照ノ富士も正代に敗れ、逸ノ城は3敗でトップを維持しました。

迎えた千秋楽、逸ノ城は宇良と、照ノ富士は4敗の貴景勝と対戦。逸ノ城が勝って照ノ富士が敗れたら、逸ノ城が初優勝。ともに勝てば2人で決定戦。ともに敗れた場合は、貴景勝も交えた3人による「ともえ戦」で決着という状況でした。

とにかく、余計なことは考えず、目の前の一番に勝つのみ。逸ノ城は立ち合い、すばやく宇良を捕まえると、サッと左上手を取り、そのまま寄り切りました。

『何してくるか分からない、動いてきたりする。考えすぎて相手の相撲になって敗れたこともあるので、今回は考えずに自分の相撲を取りきろうと思って、その通りできてよかったです』

~『スポニチアネックス』2022年7月25日配信記事 より

あとは、照ノ富士の一番を見守るだけ。当然、横綱が勝って決定戦になることを想定していたそうですが、照ノ富士は貴景勝に敗れ、終盤まさかの2連敗。この瞬間、入門から8年、逸ノ城の初優勝が決定しました。

優勝翌日のリモート会見で「横綱と決定戦をやりたかったですか?」と聞かれた逸ノ城は、こう語りました。

『正直やりたいとは思わなかったですね。あったら自分の力を出し切るつもりでいたんですけど。大関(貴景勝)に期待してて、大関が勝ってくれてホッとしました』

~『スポニチアネックス』2022年7月25日配信記事 より

もし決定戦になっていても、気力・体力ともに充実した逸ノ城が勝っていた気がしますが、まあ「ホッとした」というのは正直なところでしょう。

ところで、逸ノ城と照ノ富士の間には、同じモンゴル出身ということ以外にも深い縁があります。実はこの2人、モンゴルから同じ飛行機で来日し、相撲の名門・鳥取城北高校に「相撲留学」。寮では同じ部屋で過ごした「盟友」なのです。

その後、すぐに大相撲入りした照ノ富士に対し、逸ノ城は実業団を経由して、幕下15枚目格付出で入門しました。ルートこそ違いますが、照ノ富士は2014年春場所、逸ノ城は2014年秋場所と同じ年に新入幕。コツコツ番付を上げていった照ノ富士に対し、逸ノ城は新入幕の場所でいきなり優勝争いに絡み、1横綱2大関を倒して13勝2敗という驚異的な活躍を見せました。

逸ノ城は入幕2場所目で関脇に昇進するという異例の出世を遂げ、すぐに大関・横綱になるのだろうと見られていましたが、さすがにプロの世界はそう甘くはなく、やがて上位の壁に当たり長く低迷。一方、照ノ富士は、関脇だった2015年夏場所で初優勝を飾り大関に昇進します。

逸ノ城に先んじた照ノ富士ですが、その後、ケガとの戦いが待っていました。大関を陥落し、長期休場したこともあって番付は序二段まで降下。しかしそこから這い上がり、大関復帰と横綱昇進を成し遂げたのはご存知のとおりです。

その間、逸ノ城も苦難に襲われていました。2019年9月、持病の腰椎椎間板ヘルニアが再発。歩くことすらままならなくなったのです。200キロを超す巨漢力士だけに腰が体を支えきれず、秋場所を途中休場。続く九州場所も全休したため、十両への陥落を経験することになりました。

「もう再起不能じゃないか」と言われた程の重症でしたが、部屋のおかみさんがリハビリ施設を探し、送り迎えをしてくれるなど周囲の助けもあって、2ヵ月後、再び歩けるようになった逸ノ城。冒頭に引用した優勝インタビューで逸ノ城が「部屋の皆さんに感謝」と語ったのは、そんな背景があるからです。

『もう土俵に上がることができないかと頭に浮かんだ時期もあった。ここまでこられたのが、夢のよう』

~『朝日新聞デジタル』2022年7月24日配信記事 より

ともに相撲生命を左右するほどの故障を乗り越えてきた、逸ノ城と照ノ富士。お互いのことを気に懸けてきたのでしょう。照ノ富士は、逸ノ城の初優勝についてコメントを求められると、意外とサバサバとした口調でこう語りました。

『(モンゴルから)一緒に来てね。できたら千秋楽、決定戦と思ってましたけど。今まで何度も優勝を争ってきたから。今場所は“番”が来たんじゃないですか』

~『日刊スポーツ』2022年7月24日配信記事 より

人間、苦しいときがあっても、前を向いて諦めなければ、必ず“自分の番”が回ってくる……一度地獄を見て、そこから這い上がってきた者同士だからこそ言えるコメントです。そしてこの言葉の裏には、こんなメッセージが込められているのではないでしょうか。

「いずれ、横綱同士として戦おう。そのときはこちらの“番”だよ」

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